第29話「アンリ、首を落とすってよ」
「音楽って素敵ね。踊りたくなるわ」
「転ばないでくださいね、お嬢」
「……それを子供扱いって言うの」
どうしよう。右隣がずっと微妙な距離感でロマンスしててむず痒い。
下手に喋って邪魔もできないし、モブに徹するべきかなこれ。
「妻のいる男をからかわないでください」
「奥様の姿を、ここで見たことがなくてよ」
「そうね、アタシのことだもの」
さらに向こう側から、アマンダさんがさりげなく割って入った。本当に自然に話題に入っていった。
アマンダさん、いつの間に……?
「……アマデオ、ちょっと表に出ようか」
ティートさんが低い声で呟く。
「暇してたのよぉ。どうぞ、かかっておいでなさぁい♡」
薄暗い光の中、アマンダさんの目が光る。遠目でも、笑っていないことはよくわかった。
「2人とも、喧嘩はやめてくださります?ㅤ私もつい混ざりたくなってしまいますもの……」
「い、いや、お嬢はその……」
キャスリーンさんが腕まくりをし、ティートさんが慌てて制止する。
うーん、地獄絵図……。
「警備サボった上に職権乱用してんじゃないわよ!」
「サボったつもりはないよ。ちょっと休憩が欲しくなったんだ」
「ハイハイお2人さん、静かにしような。俺がこうやって駆り出されることになるから」
喧騒に割って入ったのはカイさんだった。
アーベルさんが隣でにこやかに「カイ、ありがとう」って言ってるあたり、彼の依頼かな。
「そうね、ここで騒ぎを起こすべきじゃないわ」
「そうだね。そもそも騒ぎを収めるのが仕事のはずだし」
「ごもっともですわ」
さすがにカタギには手を出せないらしく、3人とも大人しくなる。
警備担当みたいだけど、仕事むしろ増やしてる……。
「また会ったな坊ちゃん……。首の調子はどうだ?」
ユージーンさんのほうは、背後で思いっきりカタギに絡みだした。
薄々思ってたけど、この人私のボディーガードする気あるの?
「な、なぜさっき不安定だったとわかった!」
「お、不安定だったのか。そりゃイイねぇ」
ニヤニヤと笑みを強めるユージーンさんと、はっとした表情になるアンリくん。
……どうしよう、助けるべきかな。助けたいのは山々なんだけど……
「いったいいつから私の首が不安定だと錯覚していた?」
彼、放っといても平気そうな感じあるからなぁ。すごく。
「まあ、いつも不安定だよなァ……。現在進行形かつ過去進行形かつ未来形で」
「く……っ、
なんだかんだ楽しそうだし。
「……私はユキさんに会いに来たんだ。その、通してくれるか」
…………。
あの、突然の真面目な雰囲気はやめてくれます?ㅤ心臓に悪い。
「待たせてしまって済まない。……ようやく会えたこと、嬉しく思っている」
にこりと微笑み、アンリくんは私の手を取った。
なんでそういうこと言うの。
なんで今更そういうことするの。
「……会いたかった」
「ああ」
思わず涙がこぼれてしまって、それ以上は何も言えなかった。何を言っていいのかもわからなかった。
きっと、アリシアは私が思ってるよりずっと、アンリくんが好きだったんだ。
「でもね。……私は、アリシアじゃないんだよ」
「わかっている。……だから、ちゃんとお別れを言いに来た」
握られた手が冷たい。……その温度が、在るべき世界の違いを伝えてくる。
「どうか、私のことは忘れてほし──」
と、舞台の方で爆音が響く。
びっくりした、ノエさんの練習かな。
「うおっ!?」
「みぎゃぁぁあ!?」
どうやら私よりびっくりしたらしく、アンリくんは首をポロッと落とし……ぎゃぁあ!?
慌てて受け止め……たけど、重い!!!ㅤ推定5キロ重い!!!
「キタァァア!!」
ユージーンさん!ㅤガッツポーズで喜んでないで助けてぇええ!!
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