第5話 「愛妻家、暗躍中」

「あ、いたいた。さっきの人」

「ちゃんと待ってた、さっきの人」


 ……と、またどこからともなく赤い双子姉妹が現れた。音も立てずに。本当に心臓に悪い。

 2人とも目に黒いレースを巻いているけれど、前は見えるんだろうか……?


「ティートさん、奥さんと用事が出来ちゃった」

「『ごめんね、また後で案内しよう』って、言ってた」


 そっかー。既婚者かー。

 じゃあ仕方ないね、奥さん最優先だよね。

 っていうか声真似上手いね紅哉ちゃん。……朱音ちゃんだっけ。顔そっくりだからわからない。


「……あ、そうだ。カバンを落としちゃったんだった」

「む。ならば探索を頼んだらどうだ。この2人なら、たとえ燃え盛る業火れんごくの果てだろうが探し出してくれるだろう」

「そっか……じゃあ、頼んでもいい?ㅤえーと、紅哉ちゃん、朱音ちゃん」


 いや、煉獄までカバン探しに行かせるのは申し訳ないけどね?ㅤ言葉のあやだし、いいよね?

 こくり、こくりと2人は頷いた。少しだけタイミングがズレたのが、なんだか可愛らしい。


「わかった。探してきたら遊んでね」

「たくさんたくさん、遊んでね」

「う、うん……。私ができることで、なおかつ死なないことなら全然いいよ……」


 どうか、遊ぶ(食べる)とか、遊ぶ(壊す)じゃないことを祈る……。



 ***



 一方その頃、カタコンベ内某所。


「生者が迷い込むのは久しぶりね……。まさか、場所が漏れたのかしら」

「此処を知る人間は限られます。原因があるとして、早めに対処せねば」


 声を潜め、2つの影は語らう。


「……ティート様はなんと仰っていましたか?」

「普通の女の子にしか見えない……って、言ってたわ。彼がそう言うなら、そうなんでしょうね」


 紫煙が薄暗い部屋の中を漂い、霧散する。

 紅を引いた唇が、続ける。


「……つまり、招いた相手がいるってコトよ」

「何のために?」

「さぁ……?ㅤまあ、新たに生者を呼んで得をする奴なんて、限られてるとは思うけど」


 暗がりに赤い光が瞬き、やがて消える。

 赤い爪が燃え殻を摘み、地下水の溜まった「ごみ捨て場」に放り投げた。


「その点、アンタは安心ね、霧島きりしま晴明せいめい

「何故でしょう?」

「人間嫌いのアンタが、わざわざ余所から誰かを呼ぶわけないもの」


 赤い唇から、対峙する相手の名が紡がれる。

 霧島と呼ばれた相手の容貌は中性的で、年齢すらも推察できない。袈裟を纏って胸元にはロザリオを提げ、頭にはターバンを被っている。信心深いのか、はたまた冒涜的なのか……。沈静な表情からは何もうかがえない。


「人間嫌いとは人聞きの悪い……。わたくしはあくまで、生死を、時には性別すらも超越してしまう存在に心惹かれてしまっただけのことです」

「……やだ、性別超えてるってアタシのこと?」


 肩を竦め、男はヒールの踵を軽く鳴らす。


「まあ、いいわ。……お客様に、アタシも挨拶してみたくなっちゃった。じゃ、


 カツ、カツと音を立て、男はどこかへと歩き去って行く。

 その背中を見つめ、霧島は静かに呟いた。


「偵察の命、しかと承りました。アマンダ様」

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