第3話 「クビになっても首は落とすな」

 ティートさんは、とても気まぐれなおじ様でした。ええ。

 電話が鳴ったと思ったら血相を変えて走っていくって、エスコートをなんだと思っているんだろう。あと、ここ電波通じるんだ……?


「ここにいて欲しい」とは言われたけど、どうしようかな。手持ち無沙汰で心もとないし……。

 カバンから携帯を取り出そう……として、カバンをなくしたのに気が付いた。どうやら、落下中に落としてしまったらしい。


「おーい」


 足元の方から声がした気がするけど、まあ、気のせいだろう。


「えっ、む、無視!?ㅤお、おーい!」


 ……気のせいじゃなかったらしい。

 足元の方から男性の声がする。間違いなく、足元だ。上や横じゃない。

 カタコンベにはヒカリゴケが生えているらしく、照明がなくともぼんやり明るい。正体を突き止める役にくらいは立つはず。


「誰の声……?ㅤこんなところで寝転がるなんて、どういうつもり……ぃぃぃい!?」


 下を見て、思わず悲鳴を上げた。

 寝転がってスカートを覗かれてる、方がまだマシだった。

 首だ。

 生首がゴロンと転がって、こちらを見ている。


「良かった!ㅤやっと気付いてくれた……!ㅤどうかそこの救世の女神マドモアゼルよ、私を助けて欲しい!」


 助けが必要なのは見て分かる。あと変な呼び方をされているような気がしなくもないのは、気のせいだろうか。


「気持ちは分かる。急にこのような悲惨な姿グランギニョルを見せてしまったこと、私も申し訳なく思っている」

「え、えっと……あの、胴体はどうされました……?」

「よくぞ聞いてくれた。心優しき幸運の女神マドモアゼルよ。私はかつて華やぐ血統きぞくの端くれであったのだが、魔の処刑具ギロチンの手にかかり命を落としてしまったのだ。……そろそろ、言いたいことをわかって欲しい」


 ごめんなさい。全然わかりません。

 私、世界史選択じゃないから……。


「……どういうことですか?」

「くっ……ならば恥を忍んで言おう……。上から降ってきた断末魔ひめいに驚き、私はうっかり前につんのめってしまった。……その拍子に……ほら、こう……ポロッと……」

「く、首が不安定だったんですね……?」


 ……この光源の下は、目が慣れてくれば歩くには支障はないだろうけれど、彼のようにつまづいて何かしら落としてしまうことも有り得そうではある。

 それが首だって言うのはすごいけど……。


「私はアンリ。アンリ・エリュアールだ。かつては男爵ル・バロンの位を持っていたのだが、今は見ての通り……首だ」

「うん……首ですね……」


 首だね。物理的に。


「私の胴体が近くに倒れているはずだ。見当たらないかね?」

「見当たらないです」


 それに、そんな地獄絵図を探したいとも思えないし……。

 というか、喋る生首を直視するのもそろそろしんどくなってきたし……。あ、でも、よく見たらそこそこイケメンだ。断面は見たくないけど。


「あ」


 突然、アンリくんが声を上げた。

 背後から、クスクスと笑う声が響いてくる。……つ、ついに、ガチのホラー展開が……!?


紅哉べにや、笑っちゃダメだよ」

「でも、面白いんだもん、笑っちゃうよ。朱音あかね


 赤い着物と赤いドレスの少女が、首無しの胴体を抱えてそこにいた。

 ガチのホラー展開だった……!!

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