ちきゅうが食べられる

三國 富美郎

地球は『デザート』

「狂え!狂え!鮮血のシャワーを浴びろ!首都高速を裸足で歩く百万人の列を見よ!!眼を開き、耳をすませ!!一億人の歓喜の叫び列島を駆け巡る!楕円の王様はより一層輝くだろう!万歳!万歳!万歳ー!!」


鉄林徹が夜半に寮を脱げたして叫んだ。僕はその光景をぼんやり眺めていた。やべーやつ。何言ってるのか全然わかんねー。徹がひとしきり演説を終えると、夜の森には静寂が訪れた。

ふー、これでやっと寝れる。あいつのせいで最近全然眠ねれてないな…。頭が徐々にぼぅっとしていくのを感じながら僕は寝た。


鳥の鳴き声で目を覚ました。同じ部屋に寝ているはずの徹がいなかった。

「徹?」

部屋には僕の他に、俊介、稲盛しかいなかった。僕は昨夜の徹の奇行を思い出した。訳の分からない演説めいた事を声が枯れるまでやっていた。この勉強合宿でおかしくなってしまったのだろうか。この前、徹は居ないと思ったら朝風呂に行っていた。部屋のメンバーが心配していたなどどうでもいいように爽やかな笑顔で帰ってきたっけ。

あと2日でこの過酷な勉強合宿も終わりだ。確かに一日中勉強してれば頭が疲れてくるけど、徹は異常だ。先生は気づいてないのか?あんな大声で叫んでるのに?…うっ。頭がいたい。何故か徹の事を深く考えようとすると何かが思考に制限をかけようと痛み出す。

チッ…まぁいいや。また朝食まで時間あるしもう一眠りしよう………………。


何かが僕の顔の上にある。気配を感じてうっすら目を開けると徹が僕の顔を凝視していた。それは友達を揶揄うようなものじゃなくて顕微鏡で微生物を除くか科学者のように真剣な眼差しだった。徹の光のない黒目を僕はしばらく見ていた。こいつ、何なんだ?

壁にかかってる時計をみると起床時間だった。騒がしい目覚まし時計の音で俊介、稲森が起きた。まだぼんやりとしているようだったが僕と徹の状況を見て一瞬で目が覚めたようだった。

「お前ら…そういう関係だったのか」

俊介が口をわなわなさせながら呟いた。丸々と太った稲盛はぼそっと

「別にいいんじゃない。」と言った。

「違う違う!目が覚めたら徹が僕の顔を見てたんだよ。」

二人が恐怖で顔を引き攣られた。徹は頭はいいけどどこか人間味を欠いていて合理的だが突飛な行動をとることがあった。徹に視線を戻すとまだ僕の顔を見ていた。

「徹、どうしたんだ?」

「君はテントウムシの描く軌道を見たことがあるか?」

「…は…な、何言ってんの?」

「テントウムシだよ!テントウムシ!

分かるだろう!」

怒気を含んだ声で徹が言った。徹の口から熱気が僕の顔にかかった。

「おい徹ゥ、どうしたんだよぉ。」

稲盛がのんびりとした口調で徹に話しかけた。

「…そうか…テントウムシの軌道を見たことがないのか…。じゃあ、今は西暦何年だい。」

「2019年だよ。いい加減、揶揄うのやめてくんなィ。」

僕が言うやいなや、徹は僕の唇を奪った。

ああ、と二人のどよめきが起きた。

唇が離れた後、僕は強引に徹を突き飛ばした。ヒョヒョロの徹は後ろの壁に勢いよくぶつかった。僕らは徹の一連の行動に圧倒されてしばらく口がきけなかった。徹…。あの賢いお前はどうなっちまったんだ。僕は気を紛らわすため、窓を開けて外を見た。外には旗を持った大勢の人が歩いていた。ここは長野の山中のホテルだ。登山者にしては軽装だった。旗を持って行列を持っていたから、何かのデモ隊なのかと思った。

「おーい、なんか外やばい」

「え〜、どうしたぁ?」稲盛が重い腰を上げて窓の方へ近寄ってきた。

「…これ…なんか変だよ…。俺、怖えよ…」

見た目に反して繊細な稲盛は異様な光景にはやくも圧倒されていた。一方、冷静沈着な俊介は窓の外のことには気にせずテレビを点けた。皆、徹の行動を忘れたい一心だった。

とてもじゃないが徹に質問など出来なかった。テントウムシの軌道?西暦?あいつ、SFオタクか何かか?そんな問いが僕の頭の中に生まれたけど、また頭痛のせいで妨げられた。チッ。


「はぁ?!!気温が70度?!」

普段冷静沈着な俊介が驚きのあまり叫んだ。

「どうしたんだよ?」

「ニュース見てみろよ…。東京の今日の気温71度、群馬62度、埼玉58度、北海道……78度…。これ異常気象なんてレベルじゃねえぞ。」


近年異常気象が恒例行事みたいな世の中だがここまでだったか?気温が70度なんて見たことがない…。怖い…。これ、何百万人も死ぬぞ…。


首都高速を歩裸足で歩く百万人の列、

昨日の徹の演説の一節を思い出した。

何かが狂い始めたと直感で分かった。


「そういえば、この部屋何度だ?」

「なんか少し蒸し暑いよな。えっとえ………。18度だ…。」

俊介の声で部屋の雰囲気が一気に固まった。

昨日の気温は最高でも40度だった。おかしい!日本の気温が70度なんて有り得ないだろ、と僕は心の中でニュースキャスターに反論した。

「もしかして、外の人たちって…。暑さでおかしくなってんじゃねぇの?」

俊介の低い声に促されて僕は窓の外を見た。そして言葉を失った。列を作っている人たちは皆裸足だった。そしてスマホを見ながら歩いていた。それはまるでスマホに操られているようだった。

「なぁ、これおかしいって。あの人たち裸足だぜ。こんな暑いのに…。」

僕がそう呟くと稲盛がぼそっと

「美濃アナ、スマホガン見してる」

「生放送中、スマホ見てて大丈夫なのかよ?」俊介が問う。

美濃アナという女性アナウンサーを生放送中にも関わらず見ていた。しかもただちらっと見ているのではなく、スマホと顔を限界まで近づけて凝視していた。その姿はスマホの中に入ろうとしているようにも見えた。

「この暑さで頭がバグってんだよ。」

俊介が苦しそうに言った。気温が70度なんて人が正気を保てる温度じゃない,

あんなに賢い徹が変になったのもこの暑さが原因なのか?


照明をつけていない薄暗い部屋がより一層暗く感じられた。社会全体が狂い始めているという恐怖が僕らを固まられせた。部屋にどんよりとした暗い物が漂っているようだった。朝食の時間はとっくに過ぎているのに先生や生徒が僕らの部屋に呼びに来ることはなかった。それどころか、世界にまともなのは僕らだけのような気さえした。






何分が経っただろう。静寂を破ったのはピロン、という着信音だった。

勉強合宿ということもありスマホや携帯は先生に預けているはずだった。

もう一度ピロン、と鳴ると徹が素早く自分のカバンの中からスマホを取り出した。その様子は何日も絶食していた人が食べ物を見つけたような激しい動きだった。徹はスマホを凝視した。

僕らは徹の不可解な行動、異常な気温にすっかり圧倒されて体がガチガチになっていた。エアコンは辛うじて動いているがさっきよりも蒸し暑くなってきていた。恐る恐る徹に話しかけた。

「あの…。誰かのメッセージ?」

徹はにっこり笑って

「楕円の王様!!!『ちきゅうをあたためてたべようとおもいます。私たちは君たちの世界でいう電子レンジでちきゅうをあたためます。』」


「だ、楕円の王様?」稲盛が素っ頓狂な声を出した。


「そう!楕円の王様!!!あ、またメッセージが来たぞ!『私たちはCO2やフロンガスがだいすきです。私たちは水銀を飲み、メタンを吸って生きています。』だってさ!」


「そんな生き物がいる訳ないっ!」

水銀を飲む?馬鹿げてる!大体、楕円の王様ってなんなんだ?疑問が頭に渦巻いた。


「あ、これが最後のメッセージだってさ。

『ちきゅうは私たちのデザートです。君たちにはCO2やフロンガスを発生させるのを手伝うナノロボットです。

今までありがとう。そろそろ温まったのでたべようとおもいまーす。』…。」

メッセージを読み上げた後、徹は深呼吸して大きな声で、

「楕円の王様万歳!!どうぞ地球を味わってください!!王様、万歳!万歳」と叫んだ。


徹は天井を仰いで、恍惚の表情を浮かべていた。そして外からも楕円の王様を讃える声が響いていた。

「どういうことなんだ?徹!!」

徹の目がレンズのように変化した。


「セツメイシテアゲヨウ。先程ノ楕円ノ王様ノ言葉二アルヨウニ、地球トイウノハ、

王様ノ『デザート』ナノダ。ナガイ間王様ハ地球を食ベルコトヲ心待チニサレテイタ。王様はアツアツノ地球ヲタベルコトヲ望マレテイル!シカシ、怠惰ナ人類ハ中々地球ヲ温メナイノデ、『スマホ』ニ、人ヲ引キ寄セル電波ヲ与エラレタ。人類ハ『スマホ』を充電スルタメニ電気ヲ大量二使ッタ。ソノ結果、気温ハ素晴シク上昇!!王様ノ望マレテイル温度二近ズイタノダ。

シカシ、マダマダ時間ガ掛ルト考エ、本日『大型電子レンジ』ニテ、地球ヲ温メルコトニサレタ。王様ニ食ベテ頂クノハ全宇宙ノ中デ最上ノ幸福デアルカラ感謝シヨウ!」


機械のような口調で徹が説明をした。

僕にはなんとなくだが状況がわかった

僕たちが正気を保っていられるのは、王様がスマホに細工をする前にスマホを先生に預けたから影響を受けなかったのだ。そして長野の山中の冷涼な気温のお陰で冷房が効かなくなってもおかしくならずに済んだんだ。

しかし依然としてこの受け入れ難い状況に僕らは圧倒されてしまった。

そして…だんだん…意識が朦朧と…。


「スマホノ電波ノ影響ヲ受ケテイナイ者ニハ影響ヲ受ケタ者トノ身体的ナ接触ガ必要デアル。ピ-・・・インストール中・・・。」


徹が稲盛と俊介の唇を奪っていた。そして二人共…電池の切れたおもちゃのように動かなくなった…。僕もだんだん…意識が…暑い…暑い…暑い…。


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報告: インストール先のデータについて


感情表現執筆エディタver.2.01にて

インストールした人物の感情を

小説家、三國 富美郎の文章風に執筆。


保存先フォルダ

↪︎「異常気象における人間の反応」

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楕円の王様はこの報告書を読みながら、地球をゆっくり味わって食べた。 (完)



※この物語はフィクションです※

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ちきゅうが食べられる 三國 富美郎 @mikuni-fumirou

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