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「あれっ、おじさん何してるの?」


 部屋に戻ると、眠っていたはずのおじさんが、いつものTシャツにジャージ姿で、せっせと身のまわりを片付けている。


『ワタシも、ここを出ていくんダヨ』


「出ていくって……、えっ、じゃあ、もうここに来ても会えないの?」


 夏祈は慌てて、ピアノに近付いていく。


『ソッ、ワタシの役目は終わったカラネ』


「役目? なんで、終わっちゃったの!?」


 ピアノにしがみつき、ドアップで迫る。


『ワタシは、心を逞しく成長させる妖精! 今回、ナツキに課せられた使命は、目に見えない大切なものを感じられるようになる事!』


 胸を張って、おじさんがどうどうと発表する。


「えっ……、そういう妖精だったの?」


『そーゆう、妖精ダッタ。さっき、任務完了という知らせが届いた所ダヨ』


「届いたって……、どこから?」


『ワタシ達の世界の、司令部カラ』


「そうなんだぁ……。でも、私、おじさんが居ないと不安だよ! これからも一緒に居て欲しいっ」


『ソレは嬉しいケド……、次の仕事が押してルンダ』


「えっ、おじさん、仕事決まってんの!」


『思いのほか、ナツキに時間が掛かってしまったカラネ。今までで最長! ナツキはこの島に居る時が一番素直ダカラ、待つしかなかったんダヨ。マァ、ワタシもココが気に入ってた訳ダケド』


 窓からの景色を、愛しそうに見つめるおじさん。


「ふぅ〜ん……。おじさんて、けっこう忙しいんだね」


『マァ、それなりに……』


「わかった。私、おじさんのこと絶対に忘れないから」


『ソレが……、この島を出た時、ワタシとの記憶は全て消えてしまうんだ』


「えっ、それはまずいよ! また元の私に戻っちゃうじゃん」


『大丈夫! 大切な事は、ナツキの胸に残ってるカラ』


「ほんと?」


『本当、本当!』


「おじさん……、おじさん! ありがとね」


 おじさんを、じっと見つめる夏祈。おじさんも、瞳をウルウルさせながら夏祈を見つめている。


 それから2人は荷造りを着々と済ませ、最後にもう一度、窓の向こうに広がる景色を一緒に眺めた。

 その輝く空と海の青さを、決して忘れないように。


「なつき! 真おじちゃんが、迎えにきたって」


 夏祈を急かすように、祐也が部屋に入ってきた。そのまま、ピアノの上に居るおじさんと向かい合う。


「おじさん! ゲームとかいろいろ一緒にやってくれて、ありがとうございました!」


 野球帽を外して、丁寧に会釈をしている。


『ユーヤ……』


 祐也を、じっと見つめるおじさん。


『ユーヤ、コレを1つ覚えておいてオクレ』


「うん。なーに?」


『コレカラは、嫌な事全部忘れて、いい事だけ残してイク!』


 張りきって、祐也が復唱する。


「これからは、嫌なこと全部忘れて、いいことだけ残していく!」


『ソッ! ソレが、幸せになるコツってやつらしいカラ』


 腕を組んで、最もらしく頷くおじさん。


「幸せになるコツかぁ……。うん、わかった!」


 素直に理解する祐也を、誇らしげに見つめている。


「じゃっ、おじさんバイバイ!」


 素っ気なく出ていく祐也。


「おじさん、元気でね」


 荷物を抱え、夏祈もそのあとに続く。


『ヘッ!? 意外にアッサリ』


 唖然としながら荷物を背負い、部屋の中をゆっくりと見渡すおじさん。

 消えかけていた足音が、再び、バタバタと近付いてきて、荷物を抱えたままの夏祈が戻ってきた。


『ドーしたんダイ?』


 別れを惜しんでいるのかと、おじさんは嬉しそうに身構える。


「おじさん! あれ、聞くの忘れてた! 過去を消す方法! どうしたら、ダークな部分を消すことができるの?」


『ア〜、それカイ?』


 拍子抜けしながらも、抱えていたノートを開き、おじさんが説明を始める。


『過去の過ちを消す方法は……、本当に悪かったと心から反省シテ、モー二度と同じ過ちを繰り返さないと誓う事! ソーすれば、黒に染まった部分の色が変わっていくと書かれてルヨ』


「反省してるよ! 浜中に謝った方がいいかなぁ、今さら謝っても、逆に、変かなぁ……。他にも、ダークな部分があるのかなぁ? ねぇ、おじさん! 連絡先、教えて!」


 混乱して、不安になっていく夏祈。


『教えテモ、ワタシの事は忘れてしまうカラ』


「あっ、そっか……。じゃ、ほんとにバイバイ」


 心細そうに出ていく夏祈を、おじさんは困ったような顔で見送る。


『ヤレヤレ……』





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