49

 朝から慌ただしく、煮物に火を入れる祖母……。全開された仏壇には、団子や果物が賑やかに供えられている。

 食卓を、いつもより丁寧に拭く夏祈。ふと、祖父や先祖が並ぶ遺影が目に入ってくる。


(全く、毎度大袈裟にみんなで集まるけど……、お盆ってほんとに意味あんの?)


「あらっ、なつきちゃん、久しぶり〜! いい娘さんになっちゃって〜」


 煌々と灯されるろうそくの火に導かれるかのように、この島に住んでいる母方の親戚が続々と現れる。


「あっ、おばちゃん! あそこに立ってるの、せーやの弟だよ」


 祐也が、廊下から軽く会釈をする。


「そうだと思った! お兄ちゃんに似てるもん」


「おばちゃん、せーやのこと覚えてるの?」


「覚えてるわよ! おばちゃん、イケメンは忘れないの」


 夏祈をちらちらと気にしながら、祐也が愛想笑いをしている。


 居間いっぱいに親族が揃ったところで、顔馴染みのお坊さんがお経を読み始める……。

 そのお経に呼び寄せられるように、聖也も入ってきた。


「あっ、せーや……」


 前列の端に座っている夏祈に、近付いてくる。


“あっ!”


 驚いたように野球帽を外し、聖也は仏壇の横の壁に向かって丁寧に一礼をした。


「どうしたの、誰か居るの?」


 キョロキョロと部屋を見渡しながら、夏祈は小声で話し掛ける。


“なつきんとこの、じーちゃん!”


 聖也は当たり前のように応えて、夏祈の隣りに座った。


「えっ、おじいちゃん!」


 うっかり叫んでしまった夏祈。祐也が横から、冷たい視線を送っている。


(ヤバい……)


「で、ほんとなの?」


 今度は誰にも気付かれないように、ひそひそと話し掛けてみる。


“今、なつきの前に居る! 大きくなったなぁ、だって……”


(そんな、そんなバカな……。死んだ人間が本当に還ってくるなんて、映画じゃないんだから! でも……、せーやもこうして居る訳だし……)


 目の前の空間を、まじまじと見つめてみる。


“プッ、なつきが綺麗になったって……”


「なんで笑うの?」


 それから暫く、聖也と亡くなった祖父との会話が続いていた……。


 意味不明な長いお経のあとは、今を生きる人達への説法が熱く語られる。


「人、1人の命は、大勢のご先祖様から頂いた尊いもの……」


(暑っーい! 海、行きたーいっ)


最もらしい説教に、飽き飽きしてくる夏祈。


「ねぇ、せーや……。おじいちゃん、まだ居る?」


 野球帽を被り直しながら、聖也が部屋を見渡した。


“あっち行っちゃったよ。今、ばーちゃんの左側で、肩抱いてる”


「えっ!」


 すぐにその視線の先に目を向けると、祖母は瞳を閉じて、右の肩をゆっくりと撫でていた。


(うっそーっ!)


 儀式は滞りなく終わり……、祖母の家に元の静けさが戻ったのは、陽も完全に落ちた午後8時過ぎだった。


「お疲れさま〜。今日はお手伝いしてくれてありがとね。助かったよ〜」


 食卓でくつろぎながら、祖母が1人1人の顔を嬉しそうに見つめている。


「ばあちゃん、俺、お小遣いいっぱい貰っちゃった……。いいのかなぁ?」


 困ったような顔で、祖母の隣りに寄り添う祐也。祖母は、祐也の頭をなでながら言った。


「いいんだよ! それで、祐也君の欲しいものを買えば、おじちゃんやおばちゃん達も喜ぶよ! バットやグローブかな?」


「えっ、ばあちゃん! なんで、俺の欲しいもの知ってんの?」


「ばぁちゃんは、なんでも知ってる

 よ〜」


「すげっ!」


 祖母が祐也の頭を抱え、楽しそうにじゃれ合っている。


(なんか、凄いなついてるけど……。ゆーやって、おばあちゃんっ子なの?)


 夏祈の気持ちは複雑だった。

 叔父や叔母がくれたお小遣いの合計金額が、祐也と全く同じだったからだ。


(ゆーやは小学生で、私は中学生だっていうのに…。うちの親戚って、どういう感覚してんの?)


 ブツブツと呟きながら部屋に戻り、ベッドの上で、貰ったお金を数え始めた。


“なつき! ちょっといい? 話したいことがあるんだ”


 ピアノの椅子に座って、おじさんと話し込んでいた聖也が、クルリと向きを変えた。


「なーに? お風呂入るから、手短かにねっ」


 お金をバラまいたまま、聖也と向かい合う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る