第21話 提案(改稿済)


 日課を済ませた後、仲間たちと合流し宿で朝食を摂った俺は仕事をする為テイマーズギルドに来ていた。

 中に入った途端、ロビーにいた者達の視線が俺達に集中する。

 そしてすぐに熱を失ったように離れていく、相手にするまでも無いというコトなのだろう。

 そんな視線の嵐を華麗にスルーし見回すと、そこには昨日来た時とは比べモノにならない程多くの武装した者達と、そのテイムモンスターの姿があった。

 やはり、最も人が集まるタイミングである朝6時なだけはある。


 装備が腰みのと大斧のみという蛮族スタイルのごつい戦士には、それと同じような体格を持った人型のワニが、軽装鎧に弓矢を持つ狩人には、その手助けとする為か視力に優れた鷹が、少々ダボついたローブを身に纏ったスタッフを手に持つ魔法使いには、黒猫がついていた。

 他にも様々な者がいるが、皆各々自分のテイムモンスターと戯れている。

 例に挙げるとすれば、蛮族戦士と人型ワニのセット。

 この2人なんて、様々なポーズをとって互いの筋肉を自慢し合っている。

 少し視点を移せば、カウンターで受付嬢を相手に仕事を選択したり、貰った羊皮紙に書かれている仕事内容に関して仲間内で相談したりしている者の姿もある。

 

 それを見て平和だと感じた。

 俺個人としても、こういう風景は凄く好きだ。

 だがまだ……この世界ではこういう限られた場所でしか、魔物と争わない景色を見るコトが出来ない。

 俺は約束したんだッ! この世界を魔物と人間が共存できる世界にしてみせると。

 この程度で満足していては、いけないのだ。

 その為にも……俺は地位を、財産を確保しなければならない。

 ユーリとハルのコトも、ちゃんと雇ってやらなきゃだしなッ! 


 そう思うと、より一層己の決意が強くなっていくのを感じた。






 

 仲間達にロビーで適当に待機するよう言ってから、俺はカウンターに近づいた。

 幸い、ちょうど話が終わったのか幾人かいる受付嬢の内、リーリンの前が空くところだった。


「「おはよう」」


 俺とリーリンの挨拶が同時に起こり、ハモった。


「えっと……今日は仕事に? それともご飯でも?」

「仕事だよ、飯なら宿で摂った。それにこっち来たって飯は出ないでしょ」

「あ、あははー。冷静に考えれば確かにそうね~」


 む、これは……さては何かあったな?


「悩み事か? 俺で良ければ聞くぞ。解決できるかは分からんが」

「あー、そうね……。いや、別に大したことはないわよ」


 怪しい、明らかに眼が泳いでいる。

 だが……ここでしつこく追求するのも藪蛇か。


「ふむ……まぁいい、何か仕事は無いか?」

「……えぇ、あるわよ」

「ほぅ、どんなモノだ?」


 俺がそう聞くと、リーリンは少し目を背けながら……


「貴族様が、ウィリアムさん……貴方個人に指名依頼をしてきました。ご案内致しますので、ついてきてください。ただし一人で来るよう仰られているのでパーティーの方々にはもう暫し待機するようお伝えください」


 割り切ったように、何かを諦めたような目をしながらリーリンはそう言って立ち上がり、他の受付嬢の後ろを通りカウンターから出てきた。


 俺は何が何だか分からなかったが、とにかくリーリンを助けたいと思い指示に従い、仲間たちに待機を命じた。



 案内に従い、隣の部屋に入った。

 そこには幾つもの扉があり、恐らくは打ち合わせ用の個室が並んでいるのだろうという予測が立つ。

 ドアは音漏れのしないようかなりがっしりとした作りである。


 リーリンが案内してくれたドアには在室中と彫られたプレートがかかっていた。隠れた裏部分には空室と彫られているのだろう。

 実際、室内に人の気配を感じるドアには在室中のプレートが、感じないドアには空室のプレートがかけられている。


「その前に一つ」


 そのまま部屋に入ると思いきや、突如リーリンは振り返り言った。


「相手は貴族様です。くれぐれも態度と言葉遣いにご注意を」


 あぁ、そういう話か。


「分かってる」


 まぁ、一人称だけは変えられないんだけど。

 そんな俺を尻目に、リーリンは並ぶドアの1つの前に立ち、ノックを数度。

 それから中に声をかける。


「失礼します。ギルド受付の者です」

「うむ、入ってよい」


 入室の許可を得ると、リーリンはその扉を開けた。


「ウィリアムさんをお連れしました」


 その部屋にいたのは一人の男だ。

 威厳と自信に満ちた堂々たるたたずまいで、一目で高いと分かる黒光りする革張りの3人用ソファに一人でドッカリと座るダンディなイケメン。

 ウェーブのかかった、短く切り揃えられたくすんだ金髪。

 切れ長の蒼い瞳。

 上唇には整ったチョビ髭を生やしている。

 年齢は恐らく30歳前後。

 金で縁取りされた豪奢ごうしゃな青色のチョッキを着ている。


 まぁ、バロン王という圧倒的に強く逞しくカッコいい王様やその側近たる近衛七騎士セブンナイツを知る俺からすれば、この程度では子供が偉そうにしてる程度にしか見えないのだが。

 なんて低ランクな貴族だ。と失笑が零れそうになるが、意志の力で押さえ込む。

 こんな些事で失敗して仲間に、今後の夢に影響があってはいけないのだ。

 俺は瞬時に笑顔をつくり、男に頭を下げた。


「ウィリアムです。はじめまして」


 リーリンに続いて、俺も入室する。


 部屋は4メートル四方の貴族を迎えるにしては広くない……。

 いや、狭い部屋だ。

 中央に小さな円卓があり、それを囲むように6つのイス。

 そして部屋の隅にイスが幾つか置かれており、壁には水晶の前で交差する剣が描かれた赤色の旗が飾ってあった。恐らくこの国の、あるいはこの男の紋章だろう。

 だがまぁ……この魔導王朝の象徴たる水晶があるのだから、国旗だろう。


「今回は遅れてしまい、申し訳ありません」


 座る男の正面で立ったままぺこりと頭を下げ謝罪すると、男は早く話を進めたいのか宥めるように、しかし矢継ぎ早に口を開いた。


「気にするな、唐突な訪問だ。それよりレベル1の身にして魔物を懐柔した、というのは本当の話か? だとしたら頼みたいことがあるのだが」


 意外だ。

 俺は自らが想像していた男の人物像との乖離に驚く。

 もっと上から見下ろすように、従って当然って感じで扱われるかと思っていたのだが……あくまで友好的に話を進めるらしい。

 つまり、俺で無ければならない……というコトだろうか。

 貴族や金持ちに限らず人というのは、唯一性……あるいは才能のある――要はそれだけの価値がある者には敬意を払う傾向がある。

 それに、どうやらリーリンがいるからという訳でもなさそうだ。

 俺が男の正面に位置するイスに座るのを見計らい――


「では、私はこれで」

「うむ」


 ――リーリンがドアを閉め、出て行った。


「それで、どうなんだ?」


 男の鋭い視線が俺に突き刺さる。

 嘘の一つも見逃さんと言いたげな眼だが、なんてコトは無い。

 嘘などついていないのだから、正直にそのまま話せばいい。


「はい、その通りです。武力ではなく会話を用いて友となりました」

「ふむ……そうか」


 俺が話すと、男は考え込むように左手を顎に当て目を瞑った。

 そして答えが出たのか、目を開き一つの提案を投げてきた。


「英雄になるつもりは無いか? 我らは強者を欲している。君の事情はなんとなくだが察しがついている、無理に殺せとは言わん。傷付けず懐柔できると言うのならば、それに越したことは無い」


 それは俺にとって……どうしようもない程に魅力的な提案だった、が。

 ただ一つ気になるコトがあった。


「何故……俺のコトを知っているのでしょうか」

「うん? あぁ、知らないのかね? 先程のリーリンという女性から聞いたのだ。各ギルド長から英雄育成計画部門長……まぁ私のコトなんだが、に送られる報告の中にもそれが書いてあった」


 あぁ……成程、リーリンが後ろめたそうに目を背けてたのは、個人情報を勝手にバラしたからか。

 別にいいのに。というか、むしろ積極的にアピールして欲しいんだが。


「そうですか。俺の仲間たちを連れて行っていいのでしたら……是非」

「そうか! 有難い、歓迎しよう。仲間たちの件についてだが……勿論だ。戦力が多くて困ることは無い。それにあげた武勲によっては、騎士爵を与え貴族として扱っても良いと王は仰っていた。もしかすれば領主となれるやもしれんぞ」


 ……もしかしたら貴族になるかもしれない、それに騎士か。

 ユーリとハルの労働環境としてはもってこいの場所だな! メイドとして雇うって言ったし、これはもう勝ちルート入ったのでは!?

 いや……違う、そうじゃない。

 グレートでクールなヒーローならここで手放しで喜んだりしない。

 もう一歩踏み込んで計画をたてる筈だ。

 ……それが何かは、知らんけど。

 

 あ、でも……領主になれるなら魔物差別禁止な街とかつくれんじゃね!? これは来たか? いや来たな。


「精進します」

「うむ、では改めて……そうだな。来週の火曜、午前10時に君の泊まる宿に使いを出そう。それまでに準備を整えると良い、何か思い残すことがあるなら今の内にな。恐らく暫くは自由を制限されてしまうだろうからね」

「分かりました」


 男が出ていくのを頭を下げたまま見送ると、俺も退出しプレートを裏返す。

 

 さて……皆に報告だ! リーリンの何かを諦めたような目を見た時は何事かと不安になったが、こりゃあ良い報告が出来るぜッ!


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