ライバル令嬢、企む

「そう、先生が……」


「それほど切迫した雰囲気じゃなかったが、何かしら考えあってのことだと思うぞ」


 お昼にユベルの協力を取り付け、私自身もひどく恥ずかしい事実を認めざるを得なかったその日の放課後。教室を出たところでドールスに呼び止められた私は、そのまま我が家の馬車に揃って乗り込み、帰る道すがらドールスからヴィルモントの動向について報告を受けていた。ちなみに、ドールスがいるのであくまでも侍女として大人しくしているがアニーも同席している。


「エルザの方はどうなんだ?」


「私?」


「最近マリーナ王女を巻き込んで何か動いてただろ。進展はあったのか?」


「進展というか……いえ、そもそも何で貴方が知ってるのよ」


 クレアとのことでここ最近気落ちしていたのは気づかれているかも、とは思っていたが、マリーとの会合に関してはそれなりに人目にも気をつけていたはずなのに。


「これでも落ち込んでる幼馴染は気にかけていたんだよ」


「それは……ありがとう?」


「何で疑問系なんだよ」


「別に?」


 にっこりと令嬢スマイルを浮かべて見せればドールスはやれやれとばかりに首を振ってから「それで?」と話の続きを促してきた。


「……殿下の協力は取り付けたわ」


「ユベルの? だったらもう解決目前じゃないのか?」


「そうはいかないわ。今のまま私たちが何を言っても、クレアが納得しないでしょう」


「ひとまず婚約だけでも解消して、争う原因を潰すってのじゃダメなのか?」


「クレアが話し合いに応じてくれればそれも出来なくはないけれど……恐らく難しいでしょうね。強行すればクレアは今度こそ私たちを二度と信用してくれないわ」


 私の言葉に、ドールスは意外そうに目を見開いて私を見返した。


「……なに?」


「いや、エルザのことだからてっきり「クレアのためなら私が嫌われるくらい」とか言い出すんじゃないかと思ってたんだが」


「私のことだからって……いえ、まぁそうね、言っていたかもしれないわ」


 咄嗟に反論しようとしたものの、昼に散々鈍感と罵られたのを思い出して言葉を引っ込めた。ドールスがまた妙なものを見たと言いたげな顔をしたので軽く睨みつけた。


「別に、クレアがそれを望まないだろうってことくらい、私にもわかるわ」


「なるほど、やっと自覚したってわけだ」


「うぐ」


 呆れを含んだ口ぶりからは、この幼馴染もとっくに私とクレアのすれ違いを察していたことが窺えて私は憮然とする。気づいていたなら教えてくれればいいのに、と思う私もいる一方で、単純に指摘されたくらいじゃ私は納得しなかっただろうな、とも思う。


 ゲームの悪役令嬢クレアラートのイメージを引きずっていた私では、あれだけの反論できない状況証拠が揃わなければ納得できなかっただろう。


 ……言い訳できないくらいクレアの想いを見せつけられた今は、もう思い出すだけで顔が熱くなる醜態である。というか、その前提に立って考えるならクレアが私との距離を取り始めたもっと初期の段階で強引に空けられた距離を詰めるべきだったと思う。それなら、彼女だって今ほど頑なに私を拒否しなくても良かったんじゃないだろうか。


「ドールスは、いつから気づいてたの?」


「いつからって、あー、確信したのはダブルデートの時かな」


「随分前じゃない! うそ、そんなに前からクレアは私のこと大好きだったっていうの!?」


「いや多分もっと前からなんだが……というかお前も大概だったぞ。アレで付き合ってないのが不思議なくらいだった」


「つ、付き合っ――な、何を言ってるのよ、私たちは女どうしだし、そもそもその、私は……そうだけど、クレアは別に好きって言っても付き合うとかそういうんじゃないし、だって――」


「……あー、そこはまだなの」


「はい、残念ながらまだです。リメールさんのお話を聞く限りではクレアラート様も無自覚でいらっしゃるようですが」


「知らぬは本人ばかりなり、ね。ここまで来るといっそ見事だと思うぞ」


「はい、見事なバカっぷりに従者としては沈黙せざるを得ません」


「――つまりクレアの大好きっていうのは私とは違うというか私だってそれはもちろんずっと一緒にいたいけれどそのためには隠すべきものもあるっていうか」


「あーはいはい、オッケーわかった納得した」


「……本当に私の話聞いてた?」


「もちろん」


 投げやりなドールスの返事にジト目で返すが、ドールスは素知らぬ様子で「それより」とこの話題を打ち切ってしまう。反論の機会を奪われた私に、ドールスは本題を忘れるな、と話を戻した。


「実際のところ、どうするつもりなんだ? 表立ってはないとはいえ、学院側もこの問題を認識したってことだぞ。早めに手を打たないと、学院内で学生同士が揉めたなんて可愛い話じゃ済まなくなる」


「……そうね」


 ユベルと協力の約束を取り付けてひとまず彼が婚約破棄を断行するのにストップはかけられたが、残念ながらヴィルモントが動き出したならタイムリミットはむしろ短くなってしまったと見た方がいいかもしれない。


 もし学院が動いてクレアを罰することになれば謹慎か、悪ければ退学の可能性もある。公衆の面前で婚約破棄され投獄されるよりはマシかもしれないが、貴族なら誰もが通う学院で留年だとか退学だとかいう事になればそれは間違いなく彼女の名前に傷をつけ、貴族として生きていく上での弱みとなる。そういう事態は避けなくてはならない。


 ……むしろユベルと協力できるならなるべく早く婚約破棄をクレアに伝えたい、というのが今の私の本音でもある。あくまでも内密に、両者合意のうえでの婚約破棄であれば、多少口さがない噂は立つかもしれないが、その後の二人の態度次第で十分リカバリーできる範囲だろう。


 ただそれにはクレアからの信頼を回復する必要がある。私たちが悪意や敵意を持って彼女を遠ざけようとしていると思われては、例え婚約破棄自体を受け入れたとしても、おそらくクレアは二度と人を信じようとはしないだろう。誰も味方がいない、と思い込んでしまったクレアはまさに悪役令嬢。いずれ破滅してしまうかもしれないし、そうならなかったとしても決して幸福な人生は送れない。それでは、私が前世の記憶を取り戻した意味がない。


 考えなくてはならない。限られた時間の中、今の私たちに用意できる方法で、クレアを納得させ、誰にも咎められずに事を収める方法をだ。


「クレアラート嬢の方が、ユベルとの婚約を鬱陶しく思って破棄してくれれば一番なんだが」


「それは――まぁ、そうできれば確かに、一番尾を引かない結末だとは思うけれど」


 婚約そのものはクレアだって欲していない。それが手段になっているだけなのだ。関わっている全員が本心では不要と判断したそれが、全員をがんじがらめにしているから扱いが難しいのだけど。


 ……クレアの方から?

 その考え方になにか引っかかるものを感じて、吟味してみる。


 要するにクレアが加害者であるという風評が立たない形で、つまりクレア本人には何の落ち度もないという形での婚約破棄なら、少なくとも周囲の認識という点では問題にならない。


 最初に考えていたような内密の形での婚約破棄では、その点ではクレアの側が不利だ。なんと言ってもマリーへの嫌がらせが知られている以上はそれが原因でユベルに愛想を尽かされたと思われることは避けられない。


 そうならないためには、もっと大きな、婚約破棄になり得る、そしてクレアとは関係のない理由を用意すること。そしてその上で、クレア自身に婚約破棄を納得して受け入れてもらうこと。


 クレアにすべてを明かして交渉するのは難しい。時間をかければ出来なくもないが、今は積み重ねてきた信頼がゼロどころかマイナスに振れてしまっている状態だ。信頼を取り戻すだけの時間はない。

 婚約を破棄する理由。不利な風聞を打ち消せる状況。たとえクレア本人と事前の交渉が出来なくても、それを形に出来るかもしれない方法を、私は一つ知っている。


「……ある、わね」


 頭に浮かんだそれは、決して賢いやり方ではないと思う。

 けれど時間がない。そして勝算は、多分ある。


「ねぇドールス。こういうのはどうかしら――」


 そう言って話しだした私の考えを聞いたドールスは、ゆっくりと驚きに目を見開いていったものの、最後には「試す価値はあるかも」と言いながら難しい顔で何事か考え始めた。


 ……無駄だとは、言われなかった。

 荒唐無稽とも言える方法を、それでもこの幼馴染が可能性ありと判断したのなら。


「私は、この方法に賭けてみようと思うの」


 言いながら私が手のひらを差し出すと、ドールスは険しい顔でその手を睨んだが、やがて。


「……わかった。協力する」


 パン、と。小気味いい音を立てて私の手をはたいた。

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