ライバル令嬢に転生したので悪役令嬢を救いたい

soldum

プロローグ

三令嬢、集う

「フン、貴族の礼も十分に取れないなんて、所詮は庶民上がりですわね。教養の程度が知れましてよ」


 おーっほっほっほ、とわざとらしい高笑いが茶会の会場である中庭全体に響き渡る。声の主である少女から極力距離を置いている私にまではっきりと内容が聞こえてくるのだから、彼女がその会話をわざと周囲に聞かせているのは明白だ。

 はぁ、と軽くため息をこぼすと、近くにいた令嬢が心配そうに声をかけてくれる。


「大丈夫ですわ。ただ、せっかくの良いお茶もこのような無粋な場には相応しくないと、それが少し、勿体なく感じただけですの」


 提供される紅茶は、さすがは国一番の貴族の名を冠した茶会だけある、味も名も通りの良い、家格を示すに相応しいものに間違いない。

 だというのに。

 その主催者があんな風にキャンキャンと騒いでいては、味を楽しむ余裕もなにもあったものではない。これではせっかくの茶葉も泣くというものだ。


「エルザベラ様?」


「失礼、少しあちらでお話をして参りますわ」


 同席した令嬢たちに軽く断りを入れて席を立つ。普通なら茶会の席でみだりに席を立つのは褒められたことではないが、これが初めてというわけでもなし、今さら問題にはならないだろう。

 何より、この場にいる人間で彼女に意見できる立場にあるのが、私くらいしかいないのだから他にどうしようもない。


「そもそも、私が貴女をこうして招待したのは王族として相応しい振る舞いを身に付けられたかテストして差し上げようという配慮からですのよ?」


 あぁ、また随分と上からの物言いね。本来敬うべき相手への言葉とは思えないわ。


「だというのに、そんな有様で出席だなんて。テストするまでもありません、礼の一つもまともに出来ないだなんて私をバカにしていらっしゃるのかしら。招待客の品位は主催者である私の品位にも直結することがおわかりでないと?」


「ご、ごめんなさい」


「申し訳ございません、ですわ。礼どころか言葉遣いもなっていませんのね。お城では一体なにを学んでいらっしゃるのかし――」


「それ以上は不敬罪になりかねませんわ、ご自重ください、クレアラート様」


 私が口を挟むと、流暢に続いていた罵声がピタリと止んだ。


「……なにか御用ですの?」


 ぎりっ、と歯ぎしりの音が聞こえるほどに苦々しげな表情で、こちらに背を向けていた人物は振り返った。

 輝くプラチナブロンドのボリューミーな長髪を派手な巻き髪に仕上げ、品を失わないギリギリまで華美に飾り立てた深い青色のドレスを纏った少女の瞳が私を捉える。

 服装と同じ吸い込まれるような青い瞳が、そのどこまでも勝ち気な凛とした美しさが、見る者を魅了せずにはおかない。

 なるほどどうして、王国一の家に生まれた王国一の美姫とはよく言ったものだと関心する。これで性格さえ問題がなければ、文句なしに完璧だったのに惜しいなぁ、と他人事めかしてその美貌を評価する。


 同時に、天は二物を与えずというけれど、二物も三物も与えられていても致命的な一つを奪い去られてはたまったものじゃないわねと、ため息をつきそうになるのを慌ててこらえた。……あら? 天は二物を、だなんて迂遠な言い回し、どこで耳にしたのだったかしら。


「……何か私に御用ですか、とお尋ねしているのですけど。エルザベラ・フォルクハイル?」


 おっと、考え込んでいる場合じゃなかったわね。


「あら、敬称無しでの呼びかけだなんて、それこそ褒められた言葉遣いではございませんわ。私がフォルクハイルの名でここにいるように、貴女もエルトファンベリア家の名を背負っておいででしょう。必要以上にこの場で騒ぎを起こすことは、お名前を汚すことになりかねませんよ」


 敵意を隠そうともしない敬称なしの呼びかけに、私はあくまでも穏やかに、諭すように、ただし皮肉の棘は明確に剥き出しで返す。

 いくらか頭が冷えたのか、目の前の美姫、この大規模な茶会の主催者であるクレアラート・エルトファンベリアはサッと表情を変えると深いお辞儀を返した。


「失礼いたしました、エルザベラ様」


 深く頭を下げていても、その所作の一つ一つが流麗で美しく、その気品を微塵も損なっていない。美しい礼とは、それだけでその人物の格を一段引き上げるものだと理解している私を含めた令嬢たちは、その美しさに素直に感服した。

 そして誰もが思う。


(これで性格さえ、良かったらなぁ)


「お顔を上げてください。私も出すぎた真似は承知です。ただ、これ以上はクレアラート様のためにならないと思って、少し口を挟ませて頂いただけですのよ」


 言いながらこちらも謝罪の礼を取る。もちろん、クレアラート嬢よりもほんの少し深くだ。

 どちらの言い分に理があろうと、家格ではあちらが上で、その言葉を遮るという無礼を働いたのはこちらだ。礼を欠けば、クレアラートおよびエルトファンベリア家だけでなく、この場にいる全ての令嬢とその家に対し私は隙を晒したことになる。こんなことで付け入るスキを与えるなんて御免だ。


「それから――」


 互いに顔を上げた私とクレアラート嬢が揃ってそちらに目をやると、先程までクレアラート嬢に責め立てられていた人物がビクッとわかりやすく身をすくませた。

 薄桃色の髪は可愛らしいが、髪型やアクセサリーで飾り立てるのが常の貴族の中では異質な短さで、長さは肩口までしかなくボリュームもない。クレアラート嬢と並ぶと頭が二回りは小さく見えるほどだ。髪の色に合わせて白と桃色を基調とした、ふんわりと広がる愛らしいドレスを纏っているが、明らかに動きにくそうで、着ているというよりは着られているようにしか見えない。

 何より自信なさげに下がった眉と、小動物のようにきょろきょろとしきりに周囲を伺う目は、貴族というにはあまりに情けなく、まして彼女が王族だなどと誰が信じるだろうかと、いっそ哀れになるほどだった。

 あーあー、目尻にたっぷり涙まで溜めちゃって。これ、私が止めに入らなければ泣かされていたんじゃないかしら。


「マリーナ様」


「ひ、ひゃい!」


 王族、というこの場で最も地位の高い人間とは思えない恐縮ぶりでぴしっと背筋を伸ばす。そこまで恐縮されるとこちらも苦笑いが隠しきれない。まぁあちらにそれを気にする余裕はないだろうし、ここは大目に見てもらおう。


「いきなり環境が変わって大変なことも多いと存じますが、クレアラート様の仰ることも尤もですわ。貴女はここにいる全ての令嬢の頂点に立つことになったのです。大変だから、では許されないことも多くあります。望むと望まざるとにかかわらず、それが王族の役割であり使命なのです」


「う、は、はい」


「我々の代表として恥じない振る舞いを身につけられるよう、この場に集まった皆様を代表して私からもお願いいたします。今すぐにとは申しませんが、どうか、努力だけは怠りませんよう」


「が、がんばります」


 その返事が、既に王族として、威厳ある立場として失格なのだけれど。今日はクレアラート嬢に散々いじめられていたし、この辺で許してあげよう。彼女の身辺の変化が並大抵のものでないことは周知の事実だし。


「ええ、頑張ってくださいな」


 そう微笑みかけると、私は最上級の礼をとってその場を離れ、元の席に戻ることにした。

 まったくもって、損な役回りですこと。

 二人の大物令嬢に背を向けてから、私は我慢していたため息を盛大にこぼした。

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