走り書き短編たち

クソクラエス

夫婦

「おはよう、貴方」

 妻がドアから部屋に入ってきた。

 こんなに朝早いというのに彼女はいつも化粧をして私のところに来るのだ。

「今日もまた随分と早いな」

「ええ、何せこのあと仕事が入っていますから」

「そいつは大変だな」

 妻は私の前に用意されている椅子に腰掛けた。

 彼女はかばんから水筒を取り出して飲む。毎朝見る彼女のそんな行為も私はとっくに慣れていた。

「そういえば貴方。最近ここらで通り魔が出ているらしいわよ」

「それは怖いな」

 私は適当に相槌を打ちながらうなじのあたりを掻いていた。

 ご近所付き合いが嫌いな私は地域のニュースなんかはからっきしなので、こうして妻から聞かない以上は知らないのだ。

「で、それだけか」

「何よそれだけって。ひどい」

 妻は笑った。私も笑った。

「そういえば最近、あなたのことを見ないって近所の方から言われたのよ。どうなのそこら辺」

「いいだろ別に。何も言わなければいつかは忘れる」

「そうかしらね。貴方も外に出たら」

「出られたらの話だがね」

 妻はため息をついた。そして頬杖もついた。

「貴方ね、そろそろ話してもいいでしょ?貴方のこと」

「別にいいだろ。それに困るのはお前もじゃないか」

「私は構いませんけどね。ただずっとゴロゴロしてる貴方と違って」

「ゴロゴロはしてないさ。ちゃんと働いてるさ」

「ほんとかしら?私がそばで見てあげたいくらいだわ」

 今日の妻はおかしい。そんな気がした。

 いや、もしかしたらーー

「で、お前。通り魔ってのは本当はお前なんだろ」

「急に何を言って。私が何故そんなことを?」

 妻は驚いたが、茶化すように笑った。

 だが、私は見逃さなかった。

「昨日までしていた白いマフラーはどこにやった?」

「今日はたまたましてないだけよ」

「それに俺のそばにいたいと言っていたな」

「まあ、それっぽいことは言いましたけど」

「ということは、な」

 思わず笑ってしまった。

 ガタンという音がして、彼女が入ってきた扉から男達が入ってきた。

 その中で一番ふくよかな茶色のコートを着た男が、彼女に紙を差し出した。

「近藤美音子。貴方を殺人の容疑で逮捕する」

 言い終わらないうちに、妻の手は後ろに回され、手錠がかけられた。

「な、言ったろ」

 私はまたも笑った。

「貴方って本当に勘がいいのね。でもいいじゃない」

「そうかね。まあ死刑にならないことを願って、刑務所こっちで待ってるよ」

 ガラス張りの壁の向こう。面会室の扉から男達と妻は出て行く。

 近藤賢治、ただいま殺人容疑で服役中。

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