午後三時の瞬間移動

@stdnt

第1話

大友鉄工は瀕死であった。

かつて、取引相手の山田自動車を、川村商産の度重なる攻撃から助けかばった結果だった。


山田自動車の山田社長には、大友社長にかりを返す絶好のチャンスだ。

だが、山田自動車かて、余裕はない。

なけなしのコネを回って準備した案件を依頼し、大友鉄工を助けようとしていた。


しかし、案件には強力なライバルがいた。

言うまでもない。川村商産だ。

平等な入札であれば、勝ち目はない。


そこで山田は、一計を案じた。


「お二人さん、商談もかねて、寿司でもつまみにいきませんか。」


貧乏社長のくせに珍しいこともあるもんだ。

川村はそう思ったが、連れてこられたのは回転寿司。

回転寿司かよ。


時間は午後の三時。お客はまばら、店員一名。


三人で並んで座り、お茶をくむ。

回転ベルト上流の大友が隣の川村に、そして川村がその隣の山田にお茶をまわす。


のどをお茶で湿らせて、まずはカッパ巻を取り上げた。

「今日は私のおごりです。気楽にいきましょう。」

山田はカッパ巻をおいしそうに食べ始めた。


おごりもなにも、回転寿司じゃねえか。

心の中で毒づいてウニをほおばる。

川村の視線はもうすでに次の中トロにむかっていた。

大友は手をふいて、ガリをつまんで、またお茶を飲むばかりだ。


しばらく食べて、山田が言った。

「お二人さん、例の案件なんですがね。」

さんまのしょうがとネギが落ちないように、器用に醤油につけている。


「ここに案件の契約書と小切手、それから私の印鑑をもってきました。」

山田は見せると、契約書と小切手はそれぞれ小さく折りたたんだ。

「今回の案件、入札でもよいですが、お互い手間でしょう。

だが、ご両人とも、この契約書と小切手、印鑑の三つ、ほしいはずです。

どうです、今からお二人で知恵を絞って、私から奪い取ってみませんか。」


大友と川村の二人は顔を見合わせた。

川村は色めき立っていた。

煩雑な入札よりも手間がはぶけるし、何より、入札よりも汚い手で楽に取れそうだ。

大友が相手なら問題なしだ。

しかも今、川村は大友よりも山田に近い位置に座っている。


「ルールはこうです。」

山田は言ってからアナゴを取り上げる。

うまそうにひとのみしてから、

「制限時間はこの食事の間。場所は店内としましょう。」

お次にタコを取り上げた。お茶をすすって、タコもペロリ。

「基本的にどんな方法でもよいですが、暴力は駄目です。」

そういって今度はシャコの皿を取る。うまそうだ。

「では、ゲーム開始としましょうか。」

山田の指は、醤油にまみれて光っていた。


「よしわかった。じゃあまずは三つともしっかり見せてくれ。

偽物ではかなわない。」

脂ののったカンパチをお茶で流し込んで、川村が言う。

だがその時、山田は、三つを消していたのだった。


入念な身体検査がその場で行われた。

傍若無人な川村。あわよくば、三つを取り上げてしまおうという魂胆だった。

でも、見つからなかった。


狐につままれたような気持ちになって大友と川村の二人は知恵を絞る。

イクラ、エビ、カツオ、サーモン、カズノコ、ホタテ・・・

十分ほど食べ続けて考え続けて川村がイライラしはじめた時だった。


お茶ばかりのんでかんぴょう巻を食べていた大友は、

目の前を流れる皿が醤油で汚れていることに気が付いた。

これではお客は手を出しにくい。

しょうがないな。と思いつつ、優しい大友はその皿を取った。


相変わらず、川村はイライラしながら、今度はカニのみそ汁を摂取している。

「山田さん、ひとつ、とりましたよ。」

大友は、小さく折りたたんだ契約書を開いてみせた。

「なにっ!」

驚いたのは川村である。俺の方がやつよりかしこい。しかも山田に近い席なのだ。


それから、川村は知恵を絞るのではなく、両隣の大友と山田に意識を集中し始めた。

二人の関係はよくわかっている。

俺ははめられたのだ。

残りの二つはどうあっても受け渡しさせてはならない。

いや、受け渡しの現場をつかまえて、不正を理由に両方ともつぶしてやろう。


大友は相変わらず安いネタで粘っている。今度はタマゴだ。マグロはスルーした。

一体どういうわけなんだ。

山田に怪しいそぶりはない。今はホッキ貝に夢中になっている。


「山田さん、二つ目です。」

大友が見せたのは、今度は小切手だった。


結局、川村の監視にも関わらず、三つ目の印鑑も大友の手に渡った。

醤油に汚れたお皿のネタのむこう側に、印鑑は隠れていた。


「インチキだ!どうやってとったんだ!ずるいぞ!」

川村は怒ったが、もうどうにもならなかった。


大友は山田に感謝した。大友の恩は、めぐりめぐって回転してきたのだった。

それは、自動車工場のライン生産を取り仕切る、山田らしい演出であった。

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