皆様、何か勘違いをなさっておられませんか?わたくし、子爵夫人ではありませんのよ?

Zion

第一夜 騒動の始まり

 おほほほほ、うふふふふ…。華やかに飾られた学園のホールは初々しい紳士淑女の高揚した顔で溢れていた。

 今日は学園の卒業パーティー。わたくし、輝夜かぐやは、夫の妹の保護者という形で参加していた。義妹に当たるアリア・ミスタはミスタ公爵家のご令嬢でこの国の第一王子の婚約者でもある。この王子殿下、おつむが少々残念な方なので心配なのだけれど…。


「皆、この良い日に斯様な醜聞を持ち込むこと、許してほしい。アリア・ミスタ!前へ来い!貴様の言動には目も当てられない!今日この日をもって、貴様との婚約を破棄する!」




 ざわざわ…




 あらあら…、心配が本当になってしまったみたいだわ…。頬に手を当てて困った顔をしていると、同じく困った顔をしたアリアちゃんが前に静々と進み出る。その顔に王子は鼻を鳴らし、あろうことか傍らの可愛らしい女子生徒を守るように抱き寄せた。

 自然にやっているけれど、日ごろからやっているのかしら?


「あの…殿下、どのような理由での婚約破棄でございますか?わたくし、身に覚えがないのですけれど…」


 小首を傾げ本当に困った顔をするアリアちゃん。けれどその言葉に、王子とその周囲の男子生徒たちが殺気立つ。

 まぁ…非常識ね…。普通王族とは言え当人同士の問題に割り込むことはあり得ないのよ?


「何だと!?」


「白々しいっ…」


「今更そんなウソ、通じると思ってるわけ?ばっからし」


「殿下、どうかお気をお静めに…!」


 上から金髪碧眼の王子、神経質そうな黒髪碧眼の宰相令息殿、白髪赤眼の魔導師団の団長子息殿。賢い方だと聞いていたのだけど、とんだ見当違いかしらねぇ。


 般若の形相をする三人を、もう一人の男子生徒、シュナイゼル・ミスタ…つまりは我が義弟が宥める。ゼルくんはアリアちゃん側と見ていいのかしら…。

 そろりと隣の旦那様、アシュレイ様改め玲様を見ると、コクリと首肯される。そういう事みたい。




「なっ、貴様アリアを庇うのかっ!」




 あらあら…。結構短気な方みたいね…。臣下の言葉を聞かないだなんて、余程愚かな者か自信のある者しかしないのよ?ゼルくんも大変だわ。

 それにしても…、抱きしめられているご令嬢が何も言わないのが不気味だわ。良識あるご令嬢なら震えてこちらに助けを求めるでしょうし、お花畑の令嬢なら違う意味で震えて縋るでしょうし…。でも、この方はどちらかと言えば虎視眈々と狙っているような、狩人の目をしているのよね…。

 どちらにしても不気味なことこの上ないわ。


「えぇ、庇いますよ、家族ですから」


「アシュレイ!?/兄さん!!義姉様まで!?」


 するりと人々の波を抜け出して割り込んだ声は玲様。そしてわたくし。殿下と玲様はお知り合いなのね、少し意外だわ。主君の子とはいえ、玲様のお嫌いなタイプだもの。

 親の権力を自分のものと思い込み、己が特別だと思い、愚かしい真似をする人間。特別も何も、王子にこれと言った権限はない筈よ?王太子も役職というよりは肩書に近いですし。


「お久しゅうございます殿下。今の私は玲ですのでそうお呼びください。こちらは妻の輝夜です」


「ご機嫌麗しゅう、ベネット王子殿下。わたくしは玲の妻で、輝夜と申します。ご記憶にお留め下さいましね」


 左耳にトンっと扇を当て、口の前に戻しうふふと微笑んで見せればほぅ、と場違いな溜息があがった。あら?伝わっていないのかしら?


「輝夜…。倭国の民か?」


「えぇ」


 閉じた扇子の先を殿下の方へ向けるけれど、何の反応を無いところを見るにやっぱり伝わってはいないみたいだわ…。

 因みに倭国というのはわたくしの出身国で、最初に魔法を発見し、今では有数の魔導大国と呼ばれる国。古き良きを重んじる、伝統と格式高い国ですし…少しは敬意を払って欲しいのだけれど…。


「そうか、ならば何故、このような場に割り込んできた?」


 ……?嘘…。嘘でしょう?


「貴方…まさか?」


「あぁ、みたいだね」


 玲様とコソコソと言葉を交わし、また前を向く。あまり話して怪しまれるのも困るわ。


「んんっ、愚問にございますわ、殿下。わたくし達は義両親の名代として参上いたしましたの」


「疑問も解けたところで殿下、何故、妹と婚約破棄なさるのかお伺いしても?」


 わたくしの後に言葉を挟ませずに問うた玲様に、王子は訝しげな顔をした後、直ぐに納得した表情をした。なんだか嫌な予感がするわ…。絶対に斜め上の事を言う気がするもの。


「あぁっ!二人は学園生ではないから知らないのか!!この女の悪魔の所業を!!」


 はい…?悪魔?この可愛いわたくしのアリアちゃんが、悪魔?


「この女はな、我が寵愛を受ける可憐なシャロルに嫉妬し、様々な非道を行い、学園を抱き込んで彼女を虐げたのだ!」


「殿下、その、非道とは…?」


 眉を寄せ、絞り出すような声で問う玲様がアリアちゃんに怒っていると勘違いしたのか、得意げに頷き取り巻きの一人から書類を受け取る。書類?どちらかというと幼い子供の書いた日記に見えるのだけれど…?


「まず、彼女に口頭にて言い掛かりをつけ、罵詈雑言を浴びせた。それでも健気なシャロルは耐え、それに業を煮やしたのかこれは彼女の私物を汚し、剰え茶会への招待状も出さなかったのだ。また彼女が選ばれるはずだった三天女の座もあの手この手で妨害し、呆れたことに刺客まで送り込み、人ひとりの命を脅かした」


 つまり…、貴族令嬢としての礼儀を説いて、注意した。貴族特有の回りくどさで。私物を汚すという点に関しては何とも言えないけれど、茶会への招待状は公爵たちが吟味した結果でしょう。

 三天女の座?彼女に客人の接待が務まるとは思えないのだけれど?三天女は学園における接待役なのですもの。刺客に関しては、勘違いではないかしら?まさか、生まれた時から貴族として生きてきてそれも分からないというの?


「ほう…。ではその証拠は?」


「証拠だと?そのようなものシャロルの証言で十分ではないか」


 これは…。呆れたように言っているけれど、それはあり得ない事よ?それに呆れたいのはこちらだわ。

 状況を整理するに、書類という名のシャロル嬢の訴えを纏めた日記だけでアリアちゃんを悪女に仕立て上げたと。そのシャロル嬢というと…。まぁ…、我が背の君に随分とお熱い視線を送っておられるわ…。可憐、可憐ね…。どちらかというと阿婆擦れじゃないかしら?






 それに…、アリアちゃんの方がよほど美人さんではなくて?



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