夏の恋模様

 森美術館での芸術鑑賞を終え、エレベーターに乗ると、彼女はあからさまに距離をとった。俺の突き出た腹と同じ高さにある腰をエレベーターのドアに沿わせ、俺に体が当たらないようにしている。目鼻立ちの整った日本人離れした顔立ちがさらに強調されるメイクを施し、黒髪のショートカットを着こなす彼女は完璧だった。ひと目でわかるスレンダーな体付きを隠そうともしないワンピースを着ている。彼女は自分の魅力を充分にわかっている。


 それに比べて俺はチビでデブ。腹の大きさが少しでも紛れるようにジャケットを羽織り、前のボタンをギリギリで留めている。

 彼女の容姿に比べて俺の容姿の説明はほんの数行で終わってしまう。


 自分でもはっきりとわかる。釣り合わない二人だ。

 だが、今日デートに来てくれたのは紛れもない事実だ。このチャンスを逃す手はない。


 五十階の高さにある美術館から地上に戻るには、高速エレベーターでも少しの時間を要する。


亜子あこちゃん、夜ご飯なに食べたい?」

冷たく断ることのできない場所を使って、俺は姑息な質問をした。


「うーん、……うーん」

彼女は精一杯考えるふりをする。だが、そのふりだけではエレベーターのドアは開いてくれない。


 外を見るとエレベーターの窓に朝から断続的に降っている雨がこびりついていた。


「揚げ物以外」

観念した彼女が答える。返答は相変わらずの塩対応だが、これで今夜は夕食まで一緒にいることが決まった。

「すごい選択肢だね」

少しの皮肉を加えて返答する。彼女の苦笑が聞こえてくる。


 エレベーターから降りると、遠くの空に晴れ間が見えた。梅雨があけた東京は、これからアスファルトの照り返しの激しい猛暑を迎えることだろう。

 俺の闘志に火がついた。

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