もう一度だけ

 真っ黒な日傘をさしていても、アスファルトの照り返しは防げない。太陽の光は思わぬところから私達を焼き尽くす。そこに罪があるのなら、全てを隠し切ることはできないのだ。


 地上で窒息してしまうかと思うほど、湿気と暑さが混じり合うある夏の日、私は見知らぬ坂道をゆっくりと登っていた。

 坂を登りきった先には、寺に隣接した墓地がある。私の目的地はまさしくそこなのだが、どうにも進まない足と行かなければと思う心がずっと戦っていた。


 戦いの決着がつかぬまま到着してしまい、戸惑いながらも住職の女将さんに線香をもらう。水桶に水を注ぎ、買ってきた彼岸花をばらす。


 どんなにゆっくり用意しても、準備はいつか整ってしまう。


 大きく息を吸い込み向かった先には、綺麗に保たれた墓があった。私の持ってきた花など入る隙もないほど完成された墓だった。


「なっちゃん」

 不意に彼女の声が聞こえ、涙が溢れた。


 彼女は私の、大切な友達だった。

 中学生でクラスが別になるまでは。


 クラスが別れた後の彼女の様子は、遠目で見るだけでもいたたまれなかった。何が起こっているかなどひと目でわかった。


 私は一度でも声をかけたことがあっただろうか。そんなことを考えるふりをする。

一度だってないことは自分が一番わかっているのに。


 大学を卒業して、就職が決まる今の今まで忘れていた。いつもどこかに引っかかっていたけれど、どうしようもないフリをした。


 そのくせ、何かうまく行かないことがあると、彼女のせいにした。彼女に声をかけなかったから、だから何もかも思い通りに進まないのだと。


 そんな連鎖を断ち切りたくてやって来た。私はどこまでも自己中心的だ。


 墓前に手を合わせる。

 自然と涙がこぼれる。


 仏の前で神に祈った。

 もう一度、あの頃に戻れたら。

 私は彼女のために、自分のために、一度でいい。声をかけたかった。


 蝉のなく声が耳元でうるさかった。

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