魔法の言葉
綿麻きぬ
カフェで
中間試験3日前。私は家では勉強できないのでカフェへ移動した。
焦りに焦っている。なんせ、宿題が終わっていない上にみんなに置いて行かれている感覚に襲われている。
席に着き、教材を出して一息つく。その一息がまずかった。私の視界には隣の机に座っている人へ注がれた。
そこには母子が座っていた。ポニーテールをし、可愛らしい少女と少し気の強そうな母親。
プリントをチラッと見るとそこには小学6年生と書いてあった。
この文字を見て少し心がザラリとした感じがした。だが、そんなものは感じなかったとし私は教材に目を向ける。
問題を集中して解こうとするが、隣の会話が耳に入ってしまう。
「このプリント、終わったから丸着けして」
疲れた声で少女は母親に声をかける。
「分かったわ、その間次のプリントを解いていて」
少女は次のプリントへと手を伸ばす。
ただ、その手はもう問題など解きたくないと叫んでいた。私にはそうとしか思えなった。
この会話をどこかで聞いたことがあるような気がして、私は急いでイヤホンを耳にねじ込んだ。
そして自分の問題へと集中しようとする。一問、二問、三問、解いていくが集中などできない。
そこに母親の声が届いた。
「この問題、ここまで合っているけどその後から間違えているわ」
その言葉によって少女の疲れは増したような気がした。
「ここの文章を読んでみて、すると話は後ろのここに繋がっているでしょ。そこが答えになるの」
少女は疲れによってもう声も出す気力はない、そんなオーラを放っていた。
「分かった?」
「うん」
その声は弱弱しく、私には悲鳴にも聞こえた。
悲鳴を聞きたくなくて、私は音楽の音量を勢いよく上げた。耳が痛いほどに音量を上げて、問題を解く。
だけど、その音すら掻き消す声で少女は声を荒げた。
「もう問題解きたくない」
母親は諭すように少女に声をかける。
「あなたの将来のためなのよ、それに絶対後々良かったって思えるから」
その一言に少女は店を飛び出した。
店の全ての音が一瞬止まった。しかし、それは一瞬だった。
母親がその静寂を破った。
「まったくあの子は」
とため息をついた。そこで私はそんなことも言いつつ追いかけると思った。
だけど母親は追いかけなかった。
そこで本を読み始めた。少女は勝手に帰ってくると思い。
その行為に私はもう問題を解けなくなった。目の前のこの紙っぺらの問題よりも少女の問題の方が大事に思える。いや、思えるではない大事なものだ。
私は教材を片付け、店を出る。
ここら辺で小学生が行きそうな場所。図書館? 公園? それとも児童館?
近い場所で言えば公園。
急ぎ足から走る、全速力へ。周りの目など気にしない。例えそれが私を軽蔑する目だとしても。
公園についたころにはもう私の息は切れていた。
公園を見渡す。少女はすぐに見つかった。ブランコに座っていた。
私は驚かさないように近づいて、ブランコに乗る。
私の背の高さには合わない、ブランコ。隣の少女は少し目を見開いた。
驚かせてしまったと少し後悔した。次の瞬間、隣の少女から声がかけられた。
「ねぇ、お姉さん、さっきお店にいたよね?」
「そうだよ」
「どうして追いかけてきたの? ママは?」
ママという単語に胸が締め付けられた。
「お母さんは後から来るよ。私は君のことが心配になってね、勝手に追いかけてきたの」
「フーン、追いかけた来たってことは何か私に用事があるんでしょ?」
随分、理解が早い子だ。これは確かに母親は子供に中学受験をさせたがる。
「そうだよ、君は中学受験をするんだろ?」
「えっ、うん、そうだけど、なんで分かったの?」
少女は驚いた様子で私に質問を投げかけた。
「私もそうだったからだよ、中学受験してそのままエスカレーターで高校に行っているの」
一瞬で少女からの不審な眼差しは尊敬へと変わった。
「すこし私の話きいてくれないかな? まぁ、嫌って言ってもするんだけどね」
私は一息ついて、口を開いた。
「最初に言っておくとお母さんの言ってることは正しい。亀の甲より年の劫ってことわざは知っているよね?」
「うん」
少女は頷く。
「そんな感じだよ。君のことを思っているからそんなことをやり始めたんだよ。でもね、手段が目的化しちゃったんだよ」
「手段が目的化?」
少女は首を傾げる。
「そんなことは君が成長していから分かればいいさ。あと君は後で中学受験したことに後悔すると思う、でももっともっと後になればそれすら受け入れられるから」
「お姉さんの言っていること難しい」
少女の頭にはクエスチョンマークが思い浮かぶ。
「それも後でわかればいいよ。君の質問を答えていこうか」
少し考えてから少女は口を開いた。
「勉強がつらい、昔はすごい楽しかったのに。どうやったら昔に戻れる?」
「私もそんなこと昔あったな。でもね、昔には戻れない。でも、未来には行ける。だから、未来信じて今を生きて」
「お姉さん、質問の答えになってない」
少女は頬を膨らませている。
私は少女に答えを言っていない。あくまで理想論を語っている。私が夢見た。
「あとね、頑張ってもみんなに置いて行かれている気がするの、どれだけ頑張ればいいの?」
「うーん、難しい質問をするね。頑張り続けたら疲れちゃうから、休み休み頑張ればいいよ」
「休んでたらもっと置いてかれちゃうじゃん。もう、お姉さん、答えになってないよ」
私は満面の笑みでゴメンゴメンと言う。それに釣られて少女も笑顔になる。
遠くで少女を呼ぶ声がする。そろそろこのおしゃべりも終わりかな。
「そうだ、最後に私から言葉を送ってあげる」
「えっ、なーに?」
少女は無邪気にこちらへ笑顔を向けている。
「あなたは大丈夫、そして頑張れる」
少し不思議そうな顔で少女はありがとうと言った。どんどん母親の声は近づいてくる。
「でもなんでこんな魔法みたいな言葉をくれたの?」
「魔法? いいや、呪いだよ」
次の瞬間、母親が駆け寄ってきた。
「こんな所にいたの! どんだけ探したと思っているのよ! 良かった無事で」
その光景を私は見ていた。
「あら、お姉さんと遊んでもらっていたの? ありがとうございます」
私はその母親の言葉に笑顔で対応する。
「さぁ、帰るわよ」
母親は手を少女の手を引いて帰ろうとする。
「お姉さんにさよならは?」
少女は私に向かった手を振った。
どんどん母子の声は遠くなっていく。きっと私と何をしゃべったか聞かれているだろう。
でも少女はきっとしゃべらないだろう。
そして、私は誰もいない公園で当初の目的を忘れてブランコをこぐ。
魔法の言葉 綿麻きぬ @wataasa_kinu
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