ゴミから逃げる? この俺が?

 唯一の安全地帯、パイロンの私室にようやく辿り着く。


 安全を確信した瞬間、脂汗が全身からドッと噴き出した。


「一度風呂に入ろう。服も交換したい」

 パイロンと俺の順で、軽めの入浴を済ます。


 予備の作業着を用意しておいてよかった。


 何を思ったのか、パイロンがドラムバッグに荷物をまとめ、何かをしている。


「何してるんだ?」



「爽慈郎に、元の世界に帰ってもらう」



「何だと?」


「だから、爽慈郎は地球に帰ってもらうよ。ここから先は、爽慈郎の身の安全は保証できない」


「ふざけるな! 掃除はどうするんだ? まだ半分近く片付いていない。むしろ悪化してるんだぞ!」

 俺は鞄に拳を打ち付け、パイロンの作業を妨害した。


 一〇万体のスケルトンも、洗脳されてしまっている。制御を失った奴らを放っておけば、もっと酷いことになるだろう。


「確かに、爽慈郎がいないと、部屋が片付かないよ」

「だったら」


 俺の言葉を遮って、パイロンがカバンを叩く。

 せっかく畳んだカバンの中身が飛散した。


「爽慈郎はただの人間だもん! 魔物なんかと戦ったら死んじゃうよ!」


 自分の手が震えているのが分かる。



 今まで怖い物なんてないと思っていた。

 モンスターなんてコミックやゲームの世界に存在すると。


 だが、奴らはリアルな存在感を持って、俺に敵意を向けてきた。

 ギャグ作品でたまにみる愛嬌もユーモアもない。あるのは本気の脅威のみ。


「魔物相手なら、わたしの方が専門家だから。魔物だって、わたしの言うことなら聞くかも知れない。魔王の娘だもん」


「お前の威厳なんて通用してなかった風に見えたんだが?」


「平気だよ。もし抵抗されたら、辛いけど力尽くで黙らせられるし」


 そう言われて、正直ホッとしている自分がいた。



 こんなにも、俺は弱かったのか?


 こんなにも俺の腕は細かった?


 俺の心臓はひ弱だったのか?


 俺は、掃除のプロだ。なのに今は、ゴミを相手に逃げだそうとしている。


 パイロンの存在感は、こんなにも心強かったか?

 それでいて、頼りなく見えるのはなぜだ?


「帰るなら止めない。モンスター達を呼び寄せちゃったのは、わたし達のせいだもんね」

 パイロンは、俺を置いて地下へ行こうとする。


「一人で行くのか?」

「うん。マーゴットを助けにいかないと」


 一人で戦地へ向かうパイロンの表情には、悲壮な雰囲気などなく、必ず帰るという気迫があった。

 こいつは他人の為なら身を粉にして頑張るフシがある。


 俺は、ただ見守るしかできない。ただ見捨てるしか。

 ゴミから逃げて。


「俺が、ゴミから逃げるだと? ふざけるなよ」

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