『容疑者Xの献身』

 カリフラワーと聞いておもいだすのが、『容疑者Xの献身』著:東野圭吾である。


 ロス市警の刑事スコットは相棒とパトロール中、銃撃事件に遭遇し、相棒は死亡、スコットも重傷を負った。事件から九カ月半しても犯人はいまだ捕まっていない。事件前の決定どおり警備中隊へ配属となったスコットは、アフガニスタンに従軍中に大切な相棒を失った大型犬の雌のシェパード、マギーと出会う。互いに相棒を亡くし心に傷を負った巡査スコットと軍用犬マギーがコンビを組んで銃撃事件を捜査するロバート・クレイスの『容疑者』について、あーでもないこーでもないと、人間と犬の再生の物語……ではない。


 ガリレオシリーズ初の長篇、直木賞受賞作。

 数学だけが生きがいだった男の純愛ミステリー。

 男性の惨殺死体が発見される。

 身元は無職の富樫慎二と判明。

 被害者の元妻の花岡靖子へ聞き込みに当たる。

 靖子の隣人である高校数学教師、石神哲哉は天才数学者でありながら、さえない高校教師に甘んじている。そんな彼がアパートの隣に住む花岡を守るため、完全犯罪を目論む。石神とは帝都大学時代の友人でもある天才物理学者、湯川は真実に迫れるか、という物語だ。


 東野圭吾の名を、いつどこで知ったのかはおぼえがない。

 少なくとも、福山雅治主演のドラマ「ガリレオ」の影響が大きかったと推測する。とはいえ、オンエア時にはあまり見たおぼえはなく、再放送で作品を知った気がする。その流れから東野圭吾の本を読んでみようとおもい、本作を手にしたと思う。

 本作を読んだのは映画化前だったのは、おぼえている。

 はじめから犯人がわかっているサスペンスだけれども、謎解き要素もある。

 

 本作の主人公、高校数学教師をしている石神哲哉が犯人であり、湯川の学生時代のライバルで数学者という設定である。

 丸顔で頭髪は年齢相応より薄く、開いてるかどうかわからないくらいの細い目、元柔道部だったため、柔道やレスリングなどの格闘技をやっている証のカリフラワーのような耳、太い首が容姿の特徴だ。

 ただ純粋に花岡の幸せを考える石神だったからこそ、どんな形であれ、彼女のための行動は幸せだったのだろう。ゆえに彼女は自供し、石神に謝罪する姿に激しく咆哮するラストはとても悲しい。


 後に映画化される。

 ドラマでは主人公の湯川学は福山雅治。

 原作では男性刑事だったが、ドラマで女性刑事となり、柴咲コウが演じていた。

 問題は、石神哲哉を演じたのが堤真一だったことに驚いた、のを覚えている。

 べつに、堤真一という俳優を毛嫌いしているわけではない。

 驚いた理由は別にある。

 だって、石神は元柔道部で特徴的なカリフラワー耳をしていると書かれているにも関わらず、似ても似つかないキャストだったから。特殊メイクでもするのかしらんとおもって映画PVをみたとき、そんなことはなく、設定が元柔道部から元登山部に変更されていた。

 変更するのはべつにいいと思う。

 元柔道部でカリフラワー耳をした天才数学者という役にぴったりな俳優は誰が演じるのだろう、と興味を持っていたので、ぜひ見たかったのだ。


 純愛とか無償の愛とか、そんな言葉を宣伝に使われていた気もする。

 けれど、ちがう。

 石神は、悪いことをしていないのに大学を追われ、教師としての情熱も持てず、ただ日々を暮らすだけの毎日だった。そんな彼の、自分の知識を総動員して対応を練る能力を発揮する状況が現れた。花岡親娘のためではあったが、純粋に愛だけだったとは思えない。


「布施」という言葉がある。

 雨の日や日差しが強い日に布一枚を施し、役に立ててもらおうとするのが語源である。ここで大切なのは、相手を思う気持ち、やさしさである。

 やさしさこそ、本来の「布施」の姿である。

 禅宗の『勅修百丈清規ちょくしゅうひゃくじょうしんぎ』の偈文に「如来の応量器、我今敷展することを得たり。願わくは一切衆と共に、等しく三輪空寂ならん」とある。

「如来から頂いたこの器をここに敷き展べて、これから食事を頂こうとしている。願わくは全ての人々と共に、布施する人、受ける人、布施物の三輪がこだわるところなく、清らかな心で行なわれますように」という意味である。

 三輪空寂――施す人、施される人、施すもの、それぞれがすべて空である。これをあげるだとかもらうだとかという意識はなく、なんの執着もない。

 これこそが、無償の愛。

 

 目論見が崩れて石神が最後に咆哮する姿は、無償の愛ではない。

 宣伝を考えた人が作品を売ろうとして、キャッチーな言葉を使ったのではないかしらんと邪推してみる。


 カリフラワーを見ると、ついつい思い出してしまう、そんな作品の一つ。

 

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