第11話 松前城攻略戦
船から次々に鉄砲が荷下ろしされていく。
鄭成功はアイヌ勢のために五百丁の鉄砲を運んできたのだ。
再会した真田幸村と鄭成功は腕をクロスさせてがっちりと組み合った。
「ひぇー、男の友情なり! 一生に一度でいいからアレがやってみたいのだ!」
戸部典子ににまにまが止まらない。
「兄者、お持ち申しておりましたぞ。」
「幸村、鉄砲五百、至急手配などと、そう簡単にはいかんのだぞ。」
「兄者なら大丈夫だと思うておりました。」
「調子のいいことを抜かすな。」
この調子である。二人が無二の親友であることがよく分かる。
忍犬・鬼丸が鄭成功にじゃれついている。鄭成功は懐から鹿肉の燻製を取り出して鬼丸に与えた。
「鬼丸、旨いか?」
鬼丸はワンと吼えた。
キム博士が目の玉を真ん丸にしてやってきた。
このところ、キム博士は機器の調整に忙しくて、私と戸部典子の話に入ってこれなかったのだ。
「聞きましたよ、真田幸村の母方の祖父がチェ・ミョンギルなんですって。驚きました。」
私も朝鮮史にはそんなに詳しくないが、近世史の研究をしてきたからチェ・ミョンギルはよく知っているぞ。
丙子の乱で活躍する人物だ。丙子の乱とは清王朝が朝鮮を服属させようと攻めてきたときの動乱を言う。
一六三七年の事である。清軍の大将は摂政王ドルゴンだった。小中華を自認する李氏朝鮮は明王朝の冊封下にあり、蛮族である満州族に下るなど考えられなかったのだ。
しかし、ドルゴンの兵力は強大であり戦って勝てる相手ではない。チェ・ミョンギルは臆病者と罵られようとも、現実的な道を選択した。
朝鮮王・仁祖はドルゴンに跪き、忠誠を誓った。
「チェ・ミョンギルは儒教の教えに囚われることなく、時代の行方を見定めた人物です。韓国でも評価が高いです。キム・サンホンは逆に抗戦派でしたが、国を愛する心は同じです。」
キム博士、それは違うぞ。愛国心というのは十八世紀に西欧で生まれた概念だ。国民国家とセットで認識すべきなんだ。十七世紀に愛国の概念は無い。彼らが守ろうとしたのは民衆ではなく王朝なのだ。そして、この時代の民衆にも国民の概念は無い。民衆にとっては善政を敷いてくれれば、王朝は李氏朝鮮でも満州族の清でも良かったはずだ。これは朝鮮だけでなく日本でも同じなんだ。
「しかし十七世紀です。愛国や国民の萌芽が生まれていたとは考えられませんか?」
そういう考え方もあるのだが、愛国も国民も近代の国民国家の登場とセットで考えなければならない。日本でも日本という国が古来から存在していたと多くの人が思っているが、これはフィクションに過ぎない。古代の東北が
「うーん。」
キム博士は考え込んでいる。理論物理学の天才にも少々やっかいな問題なのかも知れない。
キム博士、話を変えよう。
そういえば、韓国映画で丙子の乱を題材にしたものがあったな。この間公開されたばかりだったと思うが、私は見逃した。
「ええ、チェ・ミョンギルをイ・ドンゴンが演じました。会場は女性ばかりでしたよ。」
韓流好きのおばちゃんばかりだったのか?
「いえいえ、イ・ドンゴンは若い女性に人気ですからね。女子高生も沢山見に来てましたよ。」
女子高生が韓国の歴史映画を見に行くというのも意外だが、こういうことで若い人が韓国の歴史に少しでも触れるのは大いに結構だ。
それにしても、おっさんたちは嫌韓だなんだとやかましいのに、若い女の子は柔軟性があるな。いったい日本と韓国が仲が悪いって何時からそう決まったんだろう。
「政治の都合ですよ。日韓両政府とも外に敵を作っておくことで内政を安定させるわけですね。だからこそ、私は碧海時空の出来事を多くの人に知ってもらいたいんです。」
キム博士、それは私も同じだ。
シャクシャイン率いるアイヌ勢は鄭成功の運んできた鉄砲で武装した。
真田銃である。真田幸昌は帝国が開発したヨンパチ式に改良を加え、これを真田銃と名付けた。真田銃には銃身を複数束ねた二連発銃や三連発銃があるのだが、扱いが難しいためアイヌたちが持っているのはスタンダード・タイプである。
真田銃で武装したアイヌ勢にとって松前勢は敵ではなかった。数で勝るばかりか、鉄砲の性能でも勝っているのだ。迎撃に出てきた松前勢を真田銃が打ち砕いた。
松前高広は兵を松前城に引き上げさせ、籠城の構えをとった。
松前城は渡島半島の南西部に位置する城郭である。松前は港に適した地形ではない。港にするならば伊達家が商館を構える函館が最も適しているのだが、松前藩はあえて山と海に挟まれた交易に不便な地に築城したのだ。室町時代以来、松前氏はアイヌの反乱に悩まされてきた。この地に城を構えたのは、アイヌがよほど恐ろしかったに違いない。
シャクシャインはクンヌイから渡島半島へと兵を進めた。松前城に迫るつもりなのだ。
もちろんシャクシャインも講和を考えている。松前藩が帝国の特許状を引っ込め、従来の伊達や真田との交易を許すなら兵を引くつもりだったのだ。
松前藩としては、伊達や真田の交易を許せば松前藩の利益が大きく阻害される。場合によっては伊達や真田に潰される可能性もあるのだ。
松前城には三河屋が手配した傭兵たちが続々と乗り込んでいた。粗野な浪人たちに場内を占拠された松前高広は彼らを腫れものに触るがごとく扱った。
「攻城戦になるなりね。」
戸部典子は赤備えの鎧兜に身を包んでいる。六連銭の前立てが黒光りしている。プラスチックで作ったレプリカだから動くたびにカチャカチャ鳴ってうるさい。
戸部典子君、その赤備えはどこから持ってきたのかね?
「これは、あたしが成人式に着て行った晴れ着なり。」
おまえ、そんな物を着て成人式に行ったのか?
「そうなり。お母さんが成人式の晴れ着を買って来なさいとお金をくれたなり。」
そのお金でそれを買って来たのか。お母さんが可哀そうだ。
「そんな事ないなり。成人式で一番目立ってたなりよ。テレビの取材を受けてニュースにも出たなり。」
呆れたもんだ。
「金色の羽織を着てきたヤンキーの男の子やケバい化粧の女の子は、まったく注目されなくて泣いていたのだ。」
わはは! 彼らにとって人生で数少ない注目を集められる成人式を無茶苦茶にしてしまったわけだな。一世一代の晴れ姿を、その赤備えが打ち砕いてしまったのか。
「可哀そうだったなりよー。」
私も中高生の頃はヤンキーたちに虐められたからザマーミロだ。
しかし、笑える話だな。
カチャカチャと鎧の音を響かせながら、戸部典子は松前城攻略戦を観戦しようとしているのだ。
「この戦いの映像を日本全国に流すなり。」
それは難しいだろう。
アイヌ民族に対する伊波政権の立場は微妙だ。アイヌ民族の存在を表面上は認めているが、日本が単一民族国家だと言って憚らないのが伊波俊三である。
それに日本教団が黙っていないだろう。彼らが説く日本人の誇りは、日本における少数民族の存在を認めてしまえばあやふやになる。それに、この戦いはアイヌを奴隷化しようとする日本人に対する戦いなのだ。
もし、戸部典子がこの映像をテレビ局に持って行っても、伊波政権が圧力をかけるだろう。何しろ奴らはマスコミを押さえている。
「そんな事は百も承知なり。ネット放送を使うのだよ。」
おう、そんな方法があったな。京都ブロードキャストか。
「小三成君を呼んであるなり。」
坂下光成君、西陣の町屋でネット放送を始めた若者だ。私たちも彼の放送に出演したことがある。最近では全国から注目されるネット放送になっているらしい。
「政権批判も物ともせずやってるなりよ。そのおかげで逆に人気が出てるのだ。」
既存のマスコミが政権の圧力に屈しているから、ネットのゲリラ戦術が生きてくるというわけだ。
「こんちはー、京都ブロードキャストでーす。取材に来ました。」
小三成君だ。しかし、緊張感のない挨拶だな。
戸部典子は小三成君にいろいろ取材上の注意事項を説明してるみたいだ。
この作戦本部のことを全国のお茶の間に知られてしまうものマズいしな。
説明を一通り聞き終わった小三成は、リハーサル無しで録画を始めた。
「こんばんは、京都ブロードキャストです。今回も既存のマスコミが絶対放送できないニュースをお伝えします。今、私は碧海時空の歴史を監視している秘密基地にお邪魔しております。」
秘密基地とはうまく言ったもんだな。小三成の名調子が始まった。
「一九五六年の碧海時空では蝦夷地、現在の北海道においてアイヌ民族の反乱が勃発しております。アイヌの大将シャクシャインはアイヌを奴隷化しようとする松前藩の和人に対して『否』と叫んでおります。」
この後も、小三成はしゃべりまくっている。コンビニのバイトで腐っていた頃が嘘のようだ。志が彼を育てたのだ。
「それでは戸部典子さんのお話をお聞きしましょう。」
家庭用のビデオカメラが赤備えの戸部典子をフレームに入れた。
「これはアイヌの義戦なり! 刮目して観るなりよ。」
ここで愛国者・戸部典子がフレーム・インしたわけだ。構成が上手いな。
この後、先日のクンヌイの戦いのダイジェスト映像が流れるわけだな。
小三成は取材を終えると、大急ぎで帰っていった。コンビニのバイトがあるのだそうだ。
「もう立派なジャーナリストだ。バイトしなくてもネット放送で食えるだろ。」
呆れながら私は小三成に言った。
「いえ、こういう生活感覚がないと庶民の立場からの報道は出来ませんから。」
小三成は頭を掻きながら答えた。
いい男になったものだ。
クンヌイの戦いの映像は、その夜ネットを騒がす大事件となった。
アイヌの反乱には微妙だった大衆も、真田幸村の登場には喝采を送ったのだ。
「幸村君の雄姿を見たら、誰でもアイヌを応援したくなるなり。」
この映像へのアクセスは億を超えて今でも伸び続けている。世界の人々がアイヌの反乱に共感したのだ。
日本教団は戦慄した。彼らの日本復活の野望の前に、なんと真田幸村が立ちはだかったのだ。
日本教の教主、堂本大旺は声明を出した。
「日本は日本人の国であり、北海道もまた日本人のものである。」
これは笑止である。北海道の先住民族はアイヌである。アイヌの地を和人が侵略しようとしているのだ。日本人というドグマを棄てて、歴史を相対的に見れは明らかなことではないか。
だが、歴史を相対化するには強靭な知性が必要なのだ。
「日本教に知性を要求するのは、八百屋で魚を買うようなものなり!」
戸部典子は容赦がない。
メイン・モニターが点灯した。
松前城攻略戦が始まったのだ。
アイヌ勢二千に対して、松前城を守備しているのは松前勢六百、傭兵四百である。城攻めには三倍の兵力が必要だというのが、この時代の鉄則である。
アイヌ勢が真田銃の一斉射撃で突入を開始した。
傭兵部隊がヨンパチ式で応戦する。
「少し、厳しいなりね。」
大丈夫だ。城を落とせなかったとしても松前藩に恐怖を植え付けることができればアイヌの奴隷化に歯止めがかけられる。どこかで和睦すれば有利に交渉ができるはずだ。シャクシャインもそのあたりは当然考えているだろう。
「そうなりね、アイヌ勢は兵を小出しにしてるなり。兵力を温存しつつ真田銃の威力を見せつけるつもりなり。」
鉄砲を持ったアイヌ勢がどれほど強いか印象付けることが大事なんだ。
その頃、西陣の町屋スタジオでは、松前城攻略戦を実況放送していた小三成は叫んでいた。
「民衆には戦う権利があります。権力を恐れぬ勇気を見てください。シャクシャインの毅然とした姿勢に私たちは学ぶべきなのです。圧制者に否を! 我々に自由を! 」
それは権力に飼いならされ、パンとサーカスに踊らされている私たち日本人に対する問いかけであった。
小三成のエキサイティングな実況を続け、絶叫を残してその日の放送を終えた。
「来てくれー、真田幸村!」
松前城はアイヌ勢が包囲している。
松前藩に勝ち目があるとすれば、帝国からの援軍をおいて他にはない。帝国から下賜された特許状が松前藩の大義なのである。
帝国が何らかの動きを示し、援軍が来るとの一報だけで、アイヌ勢は撤退せざるを得ない。アイヌが帝国に勝つことは、万が一にもありえないのだ。
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