4-6

天元さんに案内されて会議室に到着した。

完璧な均整の取れた四角の形をしたコンクリートで出来ている簡素なデザインの部屋。

会議に使うであろう必要最低限の道具として、机と椅子とホワイトボードのみが部屋の中に設置されている。


「適当な椅子に座って。時間もないから早速、始めるわ」


「あぁ」


彼女に促されるまま最前列の席に腰掛ける。

パイプ椅子がギシリと軋む音が部屋に響く。

天元さんはホワイトボードの前に立つとペンを手に取り、何かを書き始めた。

流れるような動作でホワイトボードには次々と文字と簡単な絵が描かれていく。

それを黙って見ていると、一分もしない内にホワイトボードには現在の状況を記した簡潔な図解が完成していた。


「それじゃあ…今の状況について整理するわ。セイジョー君、まずあなたが抱いている疑問を解消するとこから始めましょう。思った事を簡潔に纏めた上でワタシに質問して」


余分に使える時間が本当にないのだろう。

彼女の態度は冷静なものではあるが、だからと言って余裕に満ち溢れているという訳ではなさそうだった。

とにもかくにも僕は彼女の指摘通りに自分の中で渦巻いている数多の疑問から必要なものだけを拾い上げて彼女に投げかけていく。


「じゃあ、まずは…彼らが何者なのか。そこからお願いするよ」


「そうね。貴方からすれば、あれらの正体から知りたいっていうのが自然な流れよね。……あれは文字通り人間を食い物にして自分の糧とする存在、この国では化物、怪物、物の怪もののけ魑魅魍魎ちみもうりょうと呼ばれるモノ達よ。西洋圏で言えばモンスターとかクリーチャーとも呼ばれているモノね。あなたも見た通り、奴らは人間では無いわ。肉体も精神も魂も…その構造は人間の者とは全く別のものよ。下級であれば一般人でも武装すれば倒せるけど……中級、上級ともなれば大抵は人並み外れた能力を持っていて一般人では太刀打ちできない。特に上級ともなれば種類によっては現代の兵器でも傷をつけられないモノもいる。ここまではいいかしら?」


「あぁ」


彼女の説明を即座に噛み砕いて、次々と消化していく。

この際、どうしてあのような人間の常識では扱いきれない非常識な存在がこの世にいるのか……その疑問はひとまず置いておこう。話がややこしくなって本筋から脱線しかねない。


「じゃあ、次の質問だ。天元さん、君は一体何者なんだい?」


「漠然とした質問だけど、それって一般的な私のパーソナリティの情報を聞いているわけではないわよね?」


「あぁ、君がどうしてあの怪物たちと渡り合えたのか。その理由が知りたいんだ」


「それは私の所属している家が、そういった事業を担っているからよ。昔からの習わしらしくてね。天元の家は表の世界でも有名だけど、裏の世界でも名を売っているの。一〇〇〇年以上前から対怪物の戦闘を担当する戦闘一家だそうよ。私の生家じゃないから細かい事情は私も把握しかねているけれど……他に質問は?」


世界の十二名家、その一角として名を連ねる大家が抱える陰の事情に驚きの念を禁じ得ない。

しかし、それも今は後回しだ。

とにかく今は事態の把握に努めよう。


「次の質問だ。あいつらの目的はここにいる人達を殺して自分たちの糧にするって言っていたけど…あれはどういう意味なんだ?」


「それも言葉の通りよ。彼らは何らかの手段でこの遊園地にいる全ての人間を拉致監禁して、彼らを自らの栄養源にしようと目論んでいるの。もしこのまま何もせずにいれば、彼らは数時間と保たずに消化、吸収されて彼らの胃袋の中に納められてしまうわ。それを何とかしたいなら、いくつか策を弄さないといけないのだけど……正直、かなり苦しい状況よ」


苦々し気に心中を吐露する彼女の顔には苦渋の色が酷明に浮かんでいた。

此方こちらの戦力と彼方あちらの戦力。

その差がどれ程のものなのかは把握しかねるが、拮抗状態…あるいは楽観視できない位の大きな差が開いているという事なのかもしれない。


「手勢があまりにも足りないの。さっきのは隙を突いた奇襲だったから成功に漕ぎ着けたのだけれど…きっと二度目は無いわ。下級の怪物だけなら奇襲を繰り返すだけでも掃討する事ができたかもしれないけど、指揮統率をしているあの大物がいる限り、それも望み薄ね。外にいる先代と爺やが来てくれれば、それだけで自体は好転するのだけれど……」


「今の僕らの戦力って具体的に言うと、どれ程のモノなんだい?」


「こちらの武装は聖別済みの銀のナイフが十本。毒薬、麻痺薬、撹乱用の白煙、傷の治療に使える薬物がそれぞれ数個ずつ。そして……この短剣よ」


腰に巻かれたベルトに装備していた短剣を鞘から引き抜いて見せてくる。

改めて見ると本当に見事な剣だった。

造りそのものは簡素で見た目は決して豪華とは言えない。

最低限の意匠だけで飾られたその剣はしかし、僕の目を捉えて離してくれない美しさがあった。

おそらくこの剣の価値は美しさにではなく、機能性を追求した果てに生じる機能美の類なのだと思う。

そしてもう一つが―――時間だ。

成ってからどれくらいの年月が経っているのだろう…。

この剣の内面からは幾年月を経たモノだけが持つことを許される―――目にした者を否応なしに惹き付けてしまう不思議な引力のようなものが滲み出していた。

一〇〇年? 二〇〇年? あるいはもっと……それこそ一〇〇〇年を超える歴史を内に抱えているのかもしれないと、そんな荒唐無稽な予想をさせる程の存在感をこの剣は有していた。


「この剣の性能は優れたものではあるけれど…殺傷能力の高さはともかく、あいつらを一気に始末できるだけの広範囲の攻撃は出来ない。今の私の技量では一息に五体を仕留めるのがやっとだわ。数百を超える大群を相手取るにはあまりにも心許ない数字よね」


「……」


とにかく相手の数が多すぎる。

彼女が言ってた通り、これでは多勢に無勢だ。

こちらの戦力は豊富といえる程のものでは無いらしく、彼女の見立てではこれらの道具を普通に使えば七〇から九〇しか削れないそうだ。


「大まかな目安として私一人の戦力を数値化すれば一〇〇。相手は合計で一〇〇〇といったところだわ。今回、現れたヤツはほとんどが下級だから一体ずつの戦力自体は低くて私からすればアリみたいなものでしかないけれど…」


「さっき下級の化け物なら一般人でも武装すれば倒せるって言ってたけど…その聖別済み? のナイフで僕が武装した場合、どれくらい相手の戦力を削れるかな?」


「それは、そもそも貴方の性能にも依るわ。ちなみに実戦経験はあるの?」


「化け物相手に切った張ったをやったことなんてないよ。叔父に武術の手ほどきをしてもらってはいるけど…精々が剣道三段、空手二段といったところだよ」


「…悪くないじゃない。意外ね。貴方、虫も殺せない様なやわらかい顔しているのに」


「その手の道を邁進まいしんし続けた達人には遠く及ばないよ。戦時に体を動かせる程度に鍛えているってだけだから…。人間相手なら組手で何度も戦っているけれど…相手は怪物だから僕としては何分、初めての相手なもので勝手がわからない」


相手が人間であれば長年の経験と知識から筋肉、関節、内臓の動作を観察して大まかな性能を把握する事も出来る。

そこから攻略の糸口を見出せたかもしれないが。

でも今回相手取るのは生物学的にヒトには分類されていない生命体。

未知の生物の身体構造を一瞬で看破することが出来る見識なんて僕は持っていない。


「それなら、そうね……死に物狂いでやれば五〇体は削れるんじゃないかしら」


「ぅ…五〇か…。」


「えぇ。分かったでしょうけど、私達は真っ向から奴らにぶつかるわけにはいかない。下級の雑魚を片付けることが出来ても今度は親玉であるローブの男を相手取らなきゃいけない。ハッキリ言ってアレは貴方には荷が勝ちすぎている。アイツの相手は貴方に任せる事はできないから私が担当する事になるわ。私はあれの相手をするための体力を温存しながら戦わないといけない」


命を捨てる玉砕覚悟のカミカゼ主義なんてゴメンだしね、と彼女は付け加える。

彼女の言い分はもっともだ。


「さっき言っていた道具の中に毒薬とか麻痺薬があるって言ったけど、それを使ってアイツらの数を出来るだけ効率よく減らしたいの。本来は武器に塗装するくらいしか使い道がないのだけれど、初歩の錬金術を使えば白煙を発生させる薬物と合成して疑似的な毒ガスや麻痺ガスを作ることもできる」


「それを外で使うのは危険じゃないかい? 下手をすれば僕たちも巻き添えになるんじゃ…」


「そんな間抜けな事態にならないためにも、これを密閉空間で使いたいの。密閉空間についてもこちらで作ることが出来るわ」


「作るって…どうやって?」


「キリスト教が保有する魔術には神父やシスターが捧げた祈りで聖別化された銀のナイフを用いて此方こちら彼方あちらを境界づけする魔術があるの。結界の一種で邪な霊魂や怪物を祓いのけると言われているんだけど…その結界を使って一定領域を物理的にも概念的にも括って隔離してしまうわ。その隔離された領域の中でなら毒ガスを発生させようが巨大な爆発が起きようが何も支障はないわ」


「こちらとは隔離された領域を創るその……結界? を作るのは僕も手伝えるかな?」


「ええ。というか、むしろ貴方には結界創りを担当してもらうことになるわ。いくら武の心得があると言っても貴方が一般人である事に変わりはない。戦場に立たせるわけにはいかない」


「…歯痒いけど、仕方ないね。僕はあまり役に立てる自信は無い。」


憮然とした表情にはどれほどの感情が籠められているのかは分からない。

しかし、彼がそれを本当に悔しいと思っている事は真理にも理解できた。


「…前線に立つのは私。あなたには基本的に裏方に回って貰うことになるから。本来、実戦経験のない人間は足手まといにしかならない。それを譲歩してこちらは貴方を連れて行くんだから、この条件は飲んでもらうわよ。これを承諾できないというなら力ずくでも貴方を外に叩き出すわ。どう?」


「わかった。その条件で良いよ」


「……」


物分かりが良いのはこちらとしては助かるのだが…。

なんだろう、この違和感は?

なにかがズレているというか、欠けているというか。

彼のような人間に本来あるべきものが無いと感じてしまう。

それが何なのか判然としないのが無性に居心地悪く感じてしまう。


「…まぁ、いいわ。結界を創るための方法は次の通りよ」


言い知れぬ違和感を飲み下して、真理は会議を続ける。

胃の底にズシリと鉛の塊を飲み込んだかのような不快感があったが、任務の最中に体の不調など気にしていられないし、多少の不調があっても無視できるように鍛えられている。

自身の内側の変化を些末な事だと受け流し、真理は事態の解決に専念した。





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