3-2
「いよっし! 本日も晴天! 絶好のお出かけ日和なりィ!!」
朝の駅前で騒がしくはしゃぐ菜ノ花をなだめて、僕たちは今日の目的地である千葉にある夢の国へと向かう。
穏やかな日差しに照らされて、弾むような足取りで今日の目的地へと駆けていくなのは。
よほど楽しみだったのか彼女のテンションはいつもの数倍マシといったところだった。
僕の人生において遊園地で遊ぶというのは
あの時は麗華も一緒に行ってお化け屋敷で腰が抜けた彼女を僕が背負って行ったんだっけ…。
今でこそしっかり者で厳しい性格をしている麗華も、あの時は常人よりも内向的で大人しめの女の子だったんだよなぁ。
「ねぇ、真也? 今日の予定、ちゃんと覚えてる?」
「うん。遊園地で遊ぶんだよね?」
「そうそう。そのあとは綺麗な夜景を見て、ロマンチックな雰囲気に浸りつつ、最後は…その…」
最後の方にいくにつれ、言葉が尻すぼみになっていく。
なんだろう? そのあとの予定ってなにかあったっけ?
たしか、そのまま帰宅する予定だった筈だけど…
「…と、とにかく! 今日は目一杯、楽しむわよ! 一生に残るような思い出にするんだから!」
うがーッ! と、気炎を上げるなのは。
そんな彼女を見てるとついつい頬が緩んでしまう。
彼女は本当に無害な人間だ。
他者に対して苦痛が伴うような影響を与えることが殆どない。
快さを与えることに秀でたその在り方は、彼女が考えるよりもずっと尊いものなのだという事を彼女は知っているのだろうか。
きっと、彼女は気づいてない。気づいていないからこそ、あんなにも無邪気に人に善くすることができるのだろうな…。
その在り方を僕は時折、眩しいと思う。
誰かと過ごす時間というのは僕にとっては宝石のようなもの。
その中でも一際強い光彩を放つのが彼女との時間だった。
彼女の言う通り、今はこの一時を精一杯楽しむとしよう。
「そうだね。じゃあ行こうか。」
思い出作りも人として生きていく上で重要なものだ。
いつか振り返った時に朗らかに、晴れ晴れとした笑顔を浮かべられるような思い出を作りに行こう。
◇
僕と菜ノ花の住まいは都心から少し離れたところにある杉並区にある。
最寄り駅の高円寺から舞浜まで、おおよそ一時間かけて世界有数の遊園地たる夢の国へと辿り着く。
言わずと知れた世界で最も有名な遊園地。アメリカ発祥のこの娯楽施設は一九五五年にロサンゼルス近郊のアナハイムに建設されたのをはじめとし、一九八三年の日本首都の近郊である千葉県の浦安市にも建造され、今なお大人から子供まで楽しめるレジャーランドとして世界中の人から愛され続けている。
開園の一〇分前、朝の七時五〇分。既に入り口は人でごった返しており、入園するための人の列はそれなりの長さになっていた。
僕もここに来るのは子供の頃以来で、正直大人気ないと思いながらも心がひとりでに躍っていたりするわけで…。
そんな幼さを彼女に悟られるのは、なんだか気恥ずかしいのでそれを隠すために少し気取った物言いをしてみる。
「さて、どこから回ろうか? 今回は二人きりなわけだし…デートらしいデートをして、この先も忘れられない素敵な一日にしたいところだ。久しぶりに一緒に来たんだし、今日はイイ思いができるまで帰さないから、覚悟してもらうよ? 菜ノ花?」
「あ、ふぁい!? い、いや…あの…その…」
彼女の手を強く握ったと同時に彼女の顔から湯気が噴き出した。
実際問題…この遊園地は人で溢れかえって毎日、迷子の案内が絶えないのだそうだ。
放っておけば彼女は自分の興味が沸いたものへ一直線に爆走する悪癖があるので、こうして手を繋いでおくのは僕からすれば犬をリードで制御するようなものなのである。
とはいえ、僕も年相応に男子をしているので彼女の女の子らしい柔らかな手を握ったりすると彼女を異性として意識し、緊張とか…まぁ…しないでも、ない。
「……」
さしもの快活ななのはも、どう反応すればいいのか分からないようで、言葉が出てこないみたいだ。
耳まで真っ赤にして俯きがちになる彼女は普段とは打って変わって年相応の少女らしい可愛気を見せている。
普段から僕と賢人から、やれメスゴリラだワンコだのとペット感覚でイジられているなのはだが、今日の彼女はいつもよりも女の子然としているしているように思えた。
少しやりすぎて、もしや、不快にさせてしまったかなと懸念し、彼女の顔を覗き込もうとする。
「エヘ~。エヘヘヘヘ……」
……
それはなんとも、ふやけた餅のように締まりのない柔らかな幸せに満ちた笑顔だった。
「エヘへ…これだけでも真也と一緒に来た甲斐はあったわ~。私もうこれだけで満足。今日はこれで帰っても文句ないかも…」
「それはいくらなんでも早すぎるだろうに…」
春の朝、少し肌寒さを感じさせる春風に流されるようにして、僕と彼女は世界有数のレジャーパークへと踊り出た。
開園当初の賑わいに圧倒されながらも僕たちは目的地の一つであるジェットコースターに辿り着く。
その名をビッグサンダー・ヴォルケイノ。なんでも西部開拓時代のゴールドラッシュのおとぎ話を元に作られたアトラクションで、デニムジーンズを履いた屈強なアメリカの開拓者達が火山口に飛び込んでまで黄金を探し求めるという冒険譚を元に制作されたという。
「この手のジェットコースターの身長制限って、どこの遊園地でも一律で定められてるのかな? 『何㎝以下の人は乗っちゃいけませんよ~』みたいな」
「どうだろう…国ごとに異なる数字で定められてていても不思議じゃないなぁ…」
「アタシ、子供の頃にこのジェットコースターに乗れなくてギャン泣きしたんだよね~」
「あはは、そういえばそうだったね。」
あの時の菜ノ花の剣幕は子供ながらに凄まじいモノだった…。
『オジサン達のお手伝いするの!! 絶対に金ピカの塊を持って帰るの!!!』とさんざんな泣き様で…隣にいた麗華がもらい泣きをしてしまい、おじさんとおばさんが二人をなだめるのに苦労してたっけ…。
ちなみに後になって金塊を欲しがった理由を聞いてみたところ『みんなに豪華な暮らしをさせてあげたかったから』だそうな。
人間の善良さが服を着て歩いているような彼女らしい動機だと当時の僕は
「あの日受けた屈辱を私は今でも忘れない…。今宵、身長制限に引っかかって係のお姉さんに止められてしまったという過去の雪辱を晴らし今度こそ火山の頂点に君臨する! 見てなさい、ビッグサンダー・ヴォルケイノ……! 炭鉱夫のオジサン達と一緒にお前の鉱脈という鉱脈を掘りつくして丸裸同然にしてやるんだからぁ…! 今日は金塊のお風呂で金の
「いやいや…これ炭鉱に入って黄金を掘るとか、そういうアトラクションじゃないから…。ただのジェットコースターだからね?」
謎の気迫と共に熱く己が野望を口にするなのはにツッコミをいれる。
よほど悔しかったのか、菜ノ花の目には熱く滾るような炎が宿っており。メラメラという効果音がこちらにまで盛大に聞こえてきそうだった。
「でも、菜ノ花? 今でも身長足りてないんじゃないの? この看板には身長100㎝以下はお断りって書いてるけど…」
「足りてるに決まってるでしょうがぁ! 一五〇㎝オーバーの私を捕まえて、なに言ってんの!?」
「ポメラニアンの平均身長はだいたい二〇㎝前後だし……そもそも動物がこのアトラクションに乗ってもいいのかどうかを係の人に聞いてみないとなぁ……」
「だ・れ・が・ポメラニアンか!! こちとら生まれた時からヒト属ホモサピエンスをやってんのよ!!」
騒がしくも楽しいやり取りをしながら、レールに沿ってやってきた列車へ僕となのはは乗りこんでいく。
椅子に座ると程なくして乗客の体を固定するための安全レバーが下りてきて、体をシートににしっかりと固定していく。
列車に乗り込んだ全ての乗客のレバーが下りた事を係員の人が確認した後に、アナウンスが流れてきた。注意事項などを一通り説明するとジェットコースターが駆動してレールをゆっくりと滑り出す。
「おほぉ~!! いいねいいね、アタシもうこの時点で心がタップダンスとコサックダンスを踊ってる位ワクワクしちゃってるよ真也ぁ! 」
「盛大にはしゃいでいるけど…まだ助走段階だよ?」
「だってだって、この上に向かって昇って行く時の感覚ってやっぱりワクワクするじゃない? 普段なら何でもない景色もすごくキレイで壮大な感じがして…別の世界にやって来たような気分になっちゃうもん~~!!!」
まぁ、確かに……高所から見渡す景色というのは絶景だ。
彼女の言う通り、何でもないありきたりな景色も至極素晴らしいモノだと思えてしまう。
普段の僕らが地面に立って得ている視点と高所に至ることで得られる視点。
ここも僕たちが普段過ごしている筈の日常的な世界なのに、どうして僕達の感覚はこんなにも普段との大きな違いを見出すのだろう?
彼女の言う通りここは異世界めいていて、普段過ごしている世界と同じだと実感できない。
今度、この手の
あの人たちの説明は何だか理科の実験にも似た楽し気な雰囲気が漂ってくるので、僕は好きだ。
そんなことをぼんやり考えているとふと、あるものが目についた。
頂上付近から見下ろす景色の中に一際目立つシルエットが目に飛び込んできたのだ。
「あれって…」
その豪奢な長い金髪を僕は確かに見て取れた。
間違いない、あれは――――――
(天元さん?)
そう、先刻の入学式の折に僕が騒ぎを起こす遠因となった彼女が遊園地の中にいたのだ。
遠目から大雑把に見た限りでは一人でベンチに腰掛けて、誰かを待っている様に見える。
もっとも彼女から放たれている気配はこの遊園地で遊ぶために来た少女のそれではなく、戦に赴く武者のソレにも似た
それはなんだか、ひどく冒涜的な…真っ白な画用紙の上に黒々とした泥を垂らされたかのような不吉な感覚を覚えさせた。
彼女から目を離すと何だか佳くない事が起きるような錯覚がして、僕は彼女から目を離せなかった…。
瞬間、コースターが頂上から盛大に疾走を開始した。
乗客の悲鳴と共に走り出すソレは軽快な走りというにはあまりにも乱暴なもので、
今日という日が波乱万丈になる事を指し示すかのような爆走だった。
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