2-2
騒がしい、始業式だった。
高校生となった私こと、
体育館の中にぎゅうぎゅうに詰め込まれた人の群れ。
余分な
『マリー!!!』
私の名前に相通ずる誰かの名前を口にしていた彼。
思い出される先ほどのやり取りは、どうやら私の頭の中に深く刻みつけられたようで記憶の中から一向に消えてくれない。
夜空を材料に
瞳に宿る光は暗い夜の闇に飲まれても消えることのない不変の輝きを放っていて、眩いばかりの光彩を絶えず
いつかどこかで、出会ったこともない筈のだれか…。
初対面の筈の一人の男子生徒にいきなり手を掴まれて、困惑と共に私は彼の素性を問う言葉を投げかけたけど…。
「なんなの? この感覚……」
そうだ……あの時、私は自分自身の内側に奇妙な感覚を覚えていた。
一度も会った事が無い筈なのに、
初めて会った筈なのに、
「――――――私はどうして、彼を見た時に懐かしいと感じたの?」
これは普段の私が初対面の相手に対して抱く感情ではない。
幼い頃より数多の強者、異常者、特異な存在と戦う事を宿命づけられていた私は普段より
師曰く、初めて相対した未知の相手とは一定の距離をとって、その在り方をつぶさに観察すること。
次に自分が取るべき行動を選択するためにこれは必須の行いであると、
私が初めて会った相手に抱く感情とは相手の出方や素性を知るための観察をするために一定の距離を取るといった後ろ向きなモノ…つまるところ警戒心だ。
これが一般常識をなぞらえた心理模様であると断言できる程度には、正しい所作なのだと
でも、始業式での私は普段と様子が違っていて……端的に言ってしまえば、あの瞬間の私は普段では考えられない位の破綻した在り方をしていたのだ。
彼が懐かしくて、親しくて、――――――と、思ったのだ。
普段では考えられない思考形態を…私は私が預かり知らぬ内に抱いてしまっていた。
「なにそれ……」
呆然とする。
自分でも訳のわからない心の動作は端的に言って意味不明が過ぎて気持ちが悪かった。
この
「……そんなの」
私は穏やかな気持ちで過ごしたい。
何も起きず、さざ波が立たない静かで安らぎに満ちたひそやかな営み。
こんな……無性に心がざわつくような感覚をみだりに持ち込まれても困るしかない。
「あの
私の手を掴んできた、あの男。
彼を指導室に連れて行った先生に聞いたところによると、名を
「セイ…ジョ……̪シ…ン…ヤ…」
ぽつり、と口にした名前。
日本の中で日常生活を送る上で差支えがない程度には日本語を一通り習得はしたものの…やはり日本は英語に比べると長音が多すぎて発音がしづらい。
彼の名前を何度も口にする。
その度に言いようの無い
無性に心がざわめいて……嵐の海のごとく私の心は荒れ狂った。
「~~~~~~ッ!!」
苦しい……。
呼吸が、上手く出来ない……!
本家で無呼吸運動を習得するために水中に何十分も潜らされた事があったけど…その時でもここまでの息苦しさは感じなかった……!!
私は陸に打ち上げられた魚のように無様な呼吸を繰り返す。
酸欠になった頭はボゥーっとして、うまく思考が定まらない。
ただでさえ暴風のように荒れ狂っていたというのに、胸に渦巻く激情は更に拍車をかけて理不尽さと不条理ぶりを発揮して、私の精神を追い詰めていく。
どうしてこんなにも苦しい気持ちにならなければならないのだろう?
どうしてこんなにも悩ましい想いを抱えなければいけないのだろう?
――――――――――――許せない。
「聖条……真也……!」
口から洩れた言葉にはありったけの想いが込められていた。
良い感情も悪い感情も何もかもを
迎えの車が校門の前にやって来た。
一片の乱れもなく黒く塗りたくられたその車の色に彼の特色を想い起こして、一際凶悪に暴れる気持ちを抱える羽目になってしまった。
私は座席に座ると同時に心中に抱えた疲労感と決別するために大きな溜め息を吐く。
「ホント…なんて一日……」
「なにかございましたか、お嬢様?」
呟く言葉に運転席に座っている爺やが疑問に首を傾げる。
「なんでもないわ……出して、爺や」
命じられた言葉に従って車が静かに動き出す。
窓際から見える春の空。
鮮やかにすぎるその色は抜けるような、青くて蒼い色をしていた。
陽気をふんだんに内包する晴れ晴れとした空模様とは裏腹に、私の気持ちはこれから起きる波乱に満ちた学生生活を予感して、少し陰鬱な色を帯びていた。
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