第7話 狼男、現る

 次の満月。それは金曜日の晩のことだった。その日の夕方、さくらは早々に帰宅させられた。朧木はさくらに外出等は控えるようにと言い含めておいた。とはいえ、何をするのかわからない危なかしい子であった為、見張りと護衛に猫まんをつけておいた。

 つまり、満月の晩の見張りは朧木良介自身がひとりで行う事となる。朧木自身は緊張した面持ちで過ごしているのかと言うとそうではなかった。

 その日の夜。朧木良介は酒を呑んでいた。場所は昭和薫るネオンの通り。まさかの古めかしさを漂わせる飲食店街の片隅に、『女狐CLUB』というピンク色に輝く看板を掲げたBARがあった。その店のカウンターで朧木良介はロックグラスを手にしていた。

 カウンターの向こう側に居るのはまだ若い店のママであるジュリアだった。この店の特徴は、生前或いは前世で女狐や悪女と呼ばれた事のある人外が働いている事だった。店の奥では水晶占い師の女も仕事をしている、ちょっと妖しげなお店だった。


「良介ちゃん、今日はもう仕事上がり?」


 グラスを磨きながらジュリアが良介に話しかける。それは慣れた手つきできゅっきゅっと音を立ててグラスを磨く。


「そう思うよね。実は今日はこれから仕事なんだ」


 グラスを傾ける朧木良介の姿はいつもと同じスーツ姿だった。他に何も持って来ては居ない。


「お酒呑んじゃって大丈夫? 仕事に触るんじゃない?」


 ジュリアは特に心配していなさそうにそう言った。朧木が仕事帰りの週末、店によく呑みに来る常連であった為、その日はいつもと違うことを少しだけ気にかけたのだ。


「あぁ、問題ない。人探しをしているだけだ。恐らく今日見つかるだろうが、何事も無く終わるんじゃないかな」


 そう語る朧木良介に緊張等、微塵も無かった。


「珍しいわね。仕事中に呑みに来るなんて」


 ジュリアは磨き終えたグラスをカウンターにコトリと置いた。綺麗に磨き上げられたグラスが店内の照明を反射して輝いている。


「いつも通りに過ごしているだけさ。場合によっては荒事になるかもしれないが、勝負前の景気づけに丁度いい」


 朧木良介は軽く笑って見せていた。


「勝負事? どんな探し人なの?」


 ジュリアは興味深そうに朧木に尋ねる。


「ん? あぁ、狼男だよ」

「・・・狼っ!?」


 と、朧木の返事を聞いて叫び声を上げたジュリアの頭に狐耳がうっすら浮かぶ。その背には毛が逆立った狐の尾がうっすらと見えた。だが、2,3秒後にはそれらは消えてなくなっている。


「あー、狐は狼が大嫌いだったな」


 と、頬をかく朧木。ジュリアは平静を取り戻していた。


「まさかこの町に狼男が居たなんてねぇ。あーやだやだ。どこのよそ者なのさ」


 ジュリアはカウンターに背を向け、背後の棚に磨いたグラスを置いた。


「出身はわからないが、今僕が追っている事件の重要参考人さ」

「良介ちゃんが追いかけている事件と言うと、今話題の通り魔事件の?」


 ジュリアの台詞に朧木は軽く驚いた。


「おや、知っていたのか。そうだよ」

「裏世界じゃ有名よ。そう。狼男が関わっていただなんてね。参考人どころじゃなく、犯人なんじゃないの? きっとそうに決まっているわよ」


 朧木は苦笑いした。狐にとって狼は不倶戴天の敵だった。見知らぬ誰かを目の敵にするのだから、種族の壁と言うものは大きかった。


「それは少々偏見が入っているかもね。通り魔事件に関わる出来事の中で、狼男を目撃したという人物が現れたくらいで、まだ事件に直接関与しているかはわからない。僕自身も気になる箇所があってね。だから事情聴取するために今日は張り込みしているのさ。相手も酒臭い男が現れれば、初めから退治しようと張っていただなんて思いはしないだろうよ」


 朧木自身は事件があろうがなかろうが、いつもの店で酒を呑んでいるつもりだった。荒事になるとは口にはしていたが、争い事にする予定は全く無かった。そして、いざ争いになっても何とかする自信が彼にはある。少なくともグラス一杯のお酒程度で遅れを取るような真似等しない、と。


「通り魔事件、早いこと解決して欲しいね。うちのお店の子達も通り魔を怖がっちゃって・・・車で送迎をしなきゃいけないからいつもより大変なのよ」

「直ぐに解決するかはともかく、進展はあるだろうよ。巷では狼男犯人説が濃厚なようだから、直接本人に聞いてみるのが早い」


 朧木良介はぐっとロックグラスを傾けてウィスキーを飲み干した。彼は週末、ウィスキーのロックを空けて帰るのが日課だった。


「良介ちゃん、あてでもあるの?」


 朧木良介はにかっと笑った。


「あてはないが仕掛けはある。後は相手が掛かってくれるのを待つだけさ! 今日は満月。彼らは人の姿のままではいられず、じっとしている事も難しい。動いたところを抑える」


 その日、朧木良介が放った式神の総数は80体にもなっていた。一日おきに式神を増やし、見張る力を強めていたのだ。

 BARで過ごしているこの時間の間も式神のアンテナは張られたままだ。何かあれば朧木良介に直ぐに伝わる。

 そして、それは一体の式神が異変を感知した事の知らせがあって事体が動き出す。


「ま、僕はのんびり構えているだけさ。景気づけにもう一杯。何かいいお酒ないかい?」


 ジュリアはボトルを一本取り出した。


「景気づけなら一杯サービスしちゃうかな。丁度空いているレミーマルタンがあるのよ」

「おっ、XO?」

「残念。VSOPでした」


 ジュリアはクラッシュアイスをグラスに入れてお酒を注いだ。朧木は目ざとく氷の違いを見つけた。


「おや? ロックアイスじゃないんだな」

「そう。ミストっていう飲み方。はい、おまちどうさま」


 カウンターテーブルへクラッシュアイスに注がれたバーボンウィスキーが差し出される。朧木はグラスを受け取った。朧木はグラスに口を付ける。


「薫り高くていいねぇ」

「でしょ。残り僅かだったからボトルを空けてしまいたかったのよ。ちょうどよかった」


 朧木はグラスを一気に空けた。


「ご馳走様! そうこうしているうちに仕掛けに掛かったようだ。行って来るよ。お勘定、釣りはいらない」


 良介は一万円札をカウンターの上に置いて出て行く。酒一杯の金額にしては大きすぎた。


「またきて頂戴ね」


 急いで出て行く朧木をジュリアは見送った。

 朧木が外へ出ると夜空は満月。星は町明かりで見えなかった。眠らぬ街、などと言われるようになって久しい。だが、時代錯誤な事をしようとする男が一人。


「さぁて、狼狩りと行きますか」


 朧木は悠々と街中を歩きだした。



 人通りのない夜道。明かりも無い場所で蹲る男が一人。男は苦しそうに唸っていた。

 が、やがて背丈が一回りも大きくなった。全身体毛に覆われている。

 そんな男を影から人形のような子供が見ていた。式神だ。

 男が町明かりに照らし出される。突き出た口には牙が並び、目は爛々と輝いている。巷で噂となっていた狼男だった。

 狼男は変身を終える。きょろきょろと辺りに人気が無い事を確認しようとして、人影を見つけるのだった。


「さすがに狼。気配を隠して近づけないか」


 物陰から現れたのは朧木良介だった。狼男が驚く。


「誰だ! 教会の者か?」


 狼男が誰何した。狼男の鼻に酒の匂いが漂った。狼男は相手がただの酔っ払いなのかと考えそうになっている。狼男は朧木から漂う酒臭さに幾分無意識に緊張が解けていた。


「あぁ、僕かい? あまり気にしなくていいよ。今日はお話に来たんだ」


 緊張を解きかけていた狼男は朧木の言葉に、思わず身構えそうになった。朧木は自分に会いに来たと言う。それなのに酒臭いのだから計りかねたのだ。


「俺を狼男と知った上でやってきたのか?」


 狼男は半歩後ずさった。目の前に現れた男の素性も能力も計りかねている。


「僕はこの町で探偵の真似事をさせてもらっているしがない者だ。今回は通り魔事件の参考人である君の話が聞きたくてやってきた」


 通り魔と言う単語に狼男が身構えた。


「俺が犯人だと思っているんじゃないのか?」


 朧木良介は半分笑顔で両手を突き出し、そうではないと言うジェスチャーを取った。


「僕はそうは思わないよ。特に今の君の姿を見てそう思う」


 狼男の顔は狼そのもので、全身毛に覆われ、両手は狼の手であり鋭い爪を光らせていた。


「どういうことだ?」


 狼男が思わず尋ねる。


「君のその手さ。通り魔事件の被害者は鋭い刃物で刺されている。今の君の手は刃物を持つには不向きだし、そもそも刃物なんて必要とないほどの爪を持っている。君達狼男は怪力だとも聞く。『人間のように』刃物を持つ必要なんて無いと思ってね」


 朧木良介の目の奥がきらりと光った。朧木良介は目ざとく狼男の両手を見据える。

 狼男は思わず自分の手を見た。


「・・・確かに俺は刃物なんて使わないが、それで俺は犯人ではないとそう読んだのか?」

「あぁ、正確には予想の範疇を出なかったんで、直接本人に聞いてみたかった」


 狼男は警戒を解かなかった。


「俺があんたを襲う等考えもしなかったのか?」


 朧木良介は両手を横に広げて首を横に振った。


「まさか。そんな事は考えもしなかったさ。だから途中でいつもどおり酒を呑んで過ごしていた」


 朧木良介は半分嘘をついた。荒事になる可能性も考慮していたのだ。だが、酒一杯を呑んだ程度で狼男に負けるとは考えてもいなかった。

 狼男はその鼻に確かに酒臭さを感じていた。だから朧木良介は嘘をついていないと自然と感じていた。心持ち狼男は警戒を緩める。


「嘘ではないようだな。では俺に何のようだ?」

「通り魔が現れた事件と同じ場所で君の目撃例が出た。つまり、君自身が通り魔事件とは全く無関係ではない可能性を考えた。何があったのかを知りたくてね」

「俺が嘘をつくとは考えないのか?」


 朧木良介は興味なさそうに首を横に振る。


「君の目撃情報が出てから通り魔事件はなりを潜めた。君の体の傷跡を見れば、何かあったなとは思うがね」


 町明かりに照らされた狼男の頬にはまだ新しい傷跡が残っていた。狼男は思わず手で頬を触る。


「・・・あの晩、俺は妖しく輝く刃物を持った男と遭遇した。奴は人を一人刺した後だった」


 朧木は狼男の話を興味深そうに聞き始める。


「あの晩。と言うと君が通り魔に間違われた事件の時かな」

「そうだ。あの晩。俺は通り魔と遭遇した。やつはオキタソウシの生まれ変わりを自称していた。自己陶酔していたが、どうも前世の記憶を呼び覚ますオカルトドラッグをキメてやがった。戦いになり、俺はやつに『3箇所を同時に』引き裂かれた」


 朧木の顔が真剣なものに変わる。


「狼男を同時に三箇所切りつけ、再生能力でも定評のあるのに怪我を負わせたというのか・・・場所がこの霞町だけに、まるで本物の沖田総司だな」


 沖田総司は斬られた者が一突きされたと感じた時には三度も突かれていたと思うくらいの達人だったと伝承が残っている。そして沖田総司は敵対していた者から「大石鍬次郎、沖田総司、井上らは無闇に人を斬殺する」と言われるくらいに恐れられていた。

 朧木は沖田総司が池田屋事件で使った刀を思い出していた。その刀の銘を。

 狼男は頬の傷をなぞる。


「そんなご大層な相手だったかどうかはわからないが、俺はそいつにやられた。一撃見舞ってやったがね。俺も被害者の一人だ。そう言ったら信じるのか?」 

「僕は信じるかな。そうか。君のおかげであれ以降は犠牲者が出ることは無かったのか」


 狼男は頷いた。


「わき腹に一撃くれてやった。直ぐには動き出せない怪我のはずだ・・・もっとも、相手もただの人間とは思えない動きだったからそれもどうだかわからないがな」

「狼男と白兵戦ができる相手だなんて、厄介な事には違いないな。やれやれ。予想外に面倒な仕事となりそうなのには変わらないか」


 朧木良介は心底うんざりしたようだった。


「あんた。俺をどうするつもりだ?」

「うん? 僕はどうするつもりもないよ。現時点では君も善良な市民であることには変わりは無い。だが、この町の権力者等は君が犯人だと思っている。警察機構もその線で追っている事だろう。事件解決までは静かにしておいた方がいいんじゃないかな」

「あんたが解決しようとでもしているのか?」

「僕が動く事には変わりないだろうね。狼男に3太刀も同時に浴びせる普通の人間がこの世にいるのが当たり前ならその限りでもないが・・・それはなさそうだ。君の目撃情報が欲しいが、妖しく輝く刃物を持っていた以外の特徴は無いのか?」

「パーカーのフードを被っていたから顔は良く見ていない。あれ以来、似た格好のやつを見ると苛ついて仕方が無い。闇夜にうっすらと輝く刀身の刃物を持っていた以外は覚えていないな」


 さくらをナンパした男もパーカー姿だった。八つ当たりでもされたのだろう。


「うーん。危険な相手、以外の情報は掴めないか。全く、面倒な事件だよ」

「なら、今日から俺も狩りに参加させてもらおう。この怪我の借りを返したいんでね」


 狼男はじゃきっじゃきっと爪を鳴らして構える。


「しばらくはじっとしていた方がいいと思うがねぇ。僕以外の連中は君が犯人だと思って追っている様だし」

「あいにくと俺はそうやすやすと捕まるようなへまはしない」


 狼男はあっさりと朧木良介に発見された事は意識していないようだった。それもそうだろう。式神を同時に80体も展開できるような術者のほうがまれだ。


「あー、そうそう。教会から派遣されてきた物騒な人も君の事を探していたよ」


 朧木の言葉に狼男は嫌そうな表情を浮かべた。


「ちっ、しつこい連中だ。遠く国を離れて来たのだから放って置けばよいものを・・・」

「君は母国の教会関係者とはあまり仲がよろしくないようだね。この街にいる以上は反社会的行為さえ行わなければ市民として認められる。『この街くらいだろうよ。よくわからない者にも温情をかけるような街は』」

「だから良かったんだが、俺も自分自身の平穏を妨げるような真似をされれば何もしないとは言い切れないぞ。これは警告だ」


 狼男はざっと後方へ下がった。


「伝えるなら直接本人達に伝えてくれ。僕は派遣されてきた子からは目の敵にされているようでね」

「とぼけた男だ。少なくとも貴様自身もただの人間ではないな! 何者だ!」


 狼男は身構えた。彼が気がついたときには朧木良介は大分間合いを詰めていたのだった。


「おいおい。僕自身はなにもしないさ。そう構えなくとも・・・」


 そういう彼らの周囲には沢山の童子姿の式神が取り囲んでいた。


「いつの間に・・・」


 狼男は周囲を見て驚愕する。


「君を重要参考人として捕らえさせてもらうよ。滞在許可の無い超常現象は認められないんでね」


 朧木良介は腕組みをして仁王立ちする。彼を背に、真上には満月が昇る。


「ただの優男かと思ったが、なかなかしてやってくれるじゃねえか」

「僕は一応この町の治安を守る身。それでは『君を保護させてもらおう』さて、どうする?」


 狼男はにやりと笑った。


「俺ら狼男はどこまで行っても反体制派の象徴、そしてモンスター。後はわかるよな?」


 場を静寂が包む。

 朧木良介は押し黙り、カチカチカチと三度歯を噛み合わせた。それは天鼓と言う呪法の一つ。

 そして反閇と呼ばれる儀式が略式で行われる。陰陽道の邪気払いの手法の一つだ。


「諸天善神に願い奉る。陰にひなたに歩く道。市井の者の静謐を守らんが為、我が行く手に勝利を…平穏なる未来へ、まかりとおる!」


 朧木良介は戦勝祈願の祝詞をあげる。そして彼は人差し指と中指を立てた。己の指を刀に見立てた行為で刀印と呼ぶ、これを刀を振るうようにシュッシュッと振り払い、四縦五横呪しじゅうごおうじゅを唱え、刀印にてドーマンを切った。

 ややあって、朧木良介は独特のリズムで歩を進める。禹歩と呼ばれる呪術的歩行法。足拍子を踏むことにより大地を踏み鎮めるという。


「おい、優男。やる気満々じゃねえか。嫌いじゃねえぜ。やるかい」


 狼男が挑発する。その瞳は金色にぎらつき輝く。


「僕の名は朧木良介。我が朧木流は世の為人の為に振るわれる剣。いざ、尋常に・・・勝負!」


 朧木良介は左手をそのままに、右手を狼男へとかざす。周囲に居た式神たちが一斉に狼男に飛び掛る。


「しゃらくさいわ!」


 狼男は爪を一閃。二、三体の式神が狼男の爪で引き裂かれて、あっという間にただの紙切れに変わる。


「御神酒代わりに一杯呑んできたが、流石に余裕をかましすぎたかなぁ」


 と、朧木良介はすっとぼけたような台詞をはいた。


「はっ! こうなる可能性も考えた上で酒を引っ掛けてくるなんざ、俺も舐められたものだなぁ!」


 群がるように一斉に飛び掛る式神たち。狼男はさらに爪を一閃した。もう一体の式神がただの紙切れとなる。

 朧木良介は右手でくるりと円を描く。式神たちが狼男を取り囲んで円陣を組んだ。


「なぁに、丁度いい景気づけだよ。神気は体内で練る。御神酒も体内に奉納しなきゃね」


 円陣を組んだ式神たちが飛び掛る。


「こんな紙切れ、何体呼び出したところで役になんざ立ちゃしねえぜ!」


 狼男は両腕を広げてその場で回転し、ダブルラリアットをした。狼男の豪腕で式神たちは弾き飛ばされる。


「流石はメジャーな西洋の妖怪。僕の式神程度じゃあ足止めにもならないか。・・・ところで、うちの女性従業員が君を見かけたようだが、怪我をしていた身で何のつもりだったのかね?」


 朧木良介は式神をけしかけながら狼男に尋ねた。


「あん? この間の無茶するお嬢さんか? 悪質なナンパに引っかかったようで災難だったな。ナンパ野郎が気に食わなかったんで、ちょいと狼男姿で説教してやったのよ。あのクソガキ、女には舐めた真似して強気だったくせに俺を相手には腰を抜かしやがってよぉ。俺はああいう野郎は大嫌いなんだよ」


 狼男は式神をさらに数体の式神を引き裂き、ただの紙切れに還した。


「ふむ。『やはり僕は君を保護しよう』」


 朧木良介は剣に見立てた指を立てた左手を狼男へと向ける。


「おいおい。俺より弱いあんたが俺を保護するだってぇ?」


 狼男は更に飛び込んできた一体の童子を無造作になぎ払おうとする。

 が、一体の童子はその腕をがっと掴んだ!


「な、なんだぁ?」


 狼男が驚愕する。


「あぁ、そいつは式神じゃないよ。護法童子というんだ。神霊や鬼神の類さ。彼も怪力が自慢でね」


 護法童子と呼ばれた童子は狼男の腕を掴んで投げ飛ばす。狼男はコンクリートの壁にめり込むように弾き飛ばされた。


「がはっ、なんて力だ! 神霊だとぉ? 気にくわねぇ単語だぜ!」


 倒れた狼男にマウントを取るように護法童子がのしかかる。


「さぁ、ゲームセットかな?」


 そんな様子を見た朧木良介はそう呟いた。


「こんなガキみてぇなやつに俺がやられるとでも・・・」


 マウントを取られた狼男は護法童子に殴りかかろうとする。だが、護法童子には効いていない。腰が入らず、パンチが腕の筋力だけで放たれて、たいした威力が出ないのだ。護法童子は悠々と一撃パンチを狼男に見舞った。


「おいおい。狼男君。君は近代格闘技がお嫌いかね?」

「なんだってぇ? 近代格闘技をする神霊だとぉ?」

「鬼神だって体を鍛えたり格闘技をやったりするものだよ。研究と研鑽は途絶えるものではないな」


 狼男は俄然戦意を失っていなかった。


「ちっ、こんな子供だましで・・・」


 狼男は護法童子に掴みかかろうと不用意に腕を伸ばした。


「おいおい。その子を相手にそんな真似をすると・・・」


 朧木良介が何かを言いかけたところ、護法童子は狼男の腕を取って腕ひしぎ十字固めの技に移行した。


「ぐっ、がぁぁぁぁぁぁああああああああ!」


 夜の街に狼男の絶叫がこだまする。


「ほら言わんこっちゃ無い」


「く、くそっ、天下の狼男様が神霊相手に近代格闘技で敗北するなんざ、あってたまるかよぉ!」


 狼男はなおも力づくで技を振りほどこうとする。


「あー、怪力ならその子も自慢なんだが・・・」


 護法童子が容赦なく技をがっちりきめる。みしみしと狼男の腕から音が聞こえ始める。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁあああああ!」


 狼男の叫び声がとまらなくなる。


「やれやれ。僕は君を保護するのが目的なんだ。痛めつけるつもりはない。式神たち。狼男を捕らえろ」


 腕ひしぎ十字固めで身動きが取れなくなった狼男に式神たちが群がる。式神たちは狼男にぺたぺたとお札を貼った。


「な、なんだぁ? 力が抜ける!」


 狼男は情けない叫び声を上げた。


「そいつは邪気を払うお札さ。人外の力を振るおうにも振るえなくなる。つまり今の君はただの人間と変わらないって事さ。さて、確保」


 狼男は両手と両足に枷を付けられた。


「ちっきしょう。こんな連中に・・・」

「僕はよほどの事がない限りは動かないがね。だが、この街の平穏は僕が護る」


 敗因。護法童子は近代格闘技を体得した神霊にして鬼神。それに対して狼男は格闘技には素人。同じ怪力同士でも怪力頼みに慢心した狼男の敗北であった。


「ちっ、降参なんざするかよ! だがはっきり言っておく。おれは少なくとも反社会的な活動はしちゃいねえよ」


 朧木良介はにっかり笑った。


「あぁ、その話を信じよう。君はうちの従業員を見かねて出てくれたようだからね。囮捜査をやっていたのを気づいていたんだろう?」


「・・・あー、あの教会の女とつるんで何かをやっていたのは見ていたよ。ほんと、俺を犯人と想定してやっていたのかしらねぇが、あぶなかしい真似をする嬢ちゃんだねぇ」

「君は根が善人なのだろう。滞在許可の行政上の手続きならうちに任せてもらおうか。なに、慣れたのが居るんで問題ない」

「・・・負けたよ。俺は力ある奴には逆らわねぇ。大人しくしているさ」

「狼は集団への帰属意識は強い。君に認めてもらえるのなら話は早い」


 かくして、狼男は朧木良介に確保された形となったのだった。

 

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