第14話「黒の刻印」
14話「黒の刻印」
穏やかな日が続いて行く中、水音はただただ焦るばかりだった。
レイトとの生活は、とても楽しくて充実した日々だった。でも、仕事をしないで過ごす日々は、罪悪感でいっぱいになってしまう。
自分が楽をした分、他の人が苦労をしているのではないか。そう思ってしまうのだった。
何度か、自分で仕事を見つけてしようとしたけれど、レイトはそれをことごとく禁止にしてしまった。
そして、レイトは日がすすむにつれて、恋人同士のような行動をするようになっていった。
白蓮の領地内を歩くときは、手を繋いだり、何かを話す時は耳元で囁くようになっていた。
マナや他の使用人達は、皆恋人同士になったと思い込んでもいた。
そんな事もありながら、2週間という月日が流れた。
その間、水音はレイトにあることを頼み続けていたのだ。それは、青草と黒の町を見に行きたいという事だった。
水音が見たのは夜の町だけだったので、暗くてよくわからなかった。自分が運命を決めてしまう国を全て見に行きたいと思うのは、当然だと伝えたけれど、レイトの答えはいつも同じだった。「危険だから、ダメだよ。」と言われてしまうのだ。
シュリの事もとても気になっており、白蓮の外に出てしまえば彼が会いに来てくれるかもしれないという期待もあった。
しかし、レイトはいつまで経っても許してくれないだろう……そんな事を思っていた日。
水音は、思いきってお願いをしようと思ったのだ。「行かせてくれないと、ここを出ていきます!」と、多少の脅してでも水音は見てみたかったのだ。自分の選択で運命が変わる、マカカイトという国を。
思い立ったらすぐに行動に移す水音は、その日の夜、白騎士の見回りの仕事が終わった後に、レイトに会って話そうと思っていた。
部屋でレイトから貰った本を読んでいると、マナが部屋を訪ねてきた。
「水音様、失礼致します。」
「マナ、どうぞ。あ、もしかして、レイトさんが帰ってきたの?」
「はい……ですが、今は行かない方がよろしいかと。」
「急ぎの用件なの。すぐに行くわ!」
「あっ……水音様……!」
マナが止めるのも聞かずに、水音は隣のレイトの部屋へと走った。
すると、廊下にポツポツと血の後が付いているのに気がついた。廊下の奥から、レイトの部屋まで続いていた。
「これは……レイトさん……!?」
水音は、全身の血の気が引くのを感じた。
レイトが怪我をしたのではないかと思うと、シュリが血まみれになって倒れた姿が頭をよぎった。
「……っ!!」
ロックもしないで、レイトの部屋に入る。
すると、部屋の真ん中で佇む彼の姿が、水音の目に飛び込んできた。
灯りを1つしかつけていないのか、薄暗い部屋の中を、レイトはただ立っていた。白騎士の甲冑は脱いでいたが、白いシャツと白のズボンはそのままになっていた。そして、顔や服、そして手には沢山の血がついていた。
「レイトさん!」
水音が名前を呼び、彼に近づくと、レイトはゆっくりと水音の方を向いた。顔は無表情で、どこかぼんやりとしていた。
「水音…そんなに慌ててどうしたんだ?」
「どうしたって……レイト、その血、怪我をしてるんじゃないの?」
水音は彼に近寄って、体をじっくりと見る。暗くてよく見えないけれど、水音はすぐにわかってしまった。
これは、全て彼の血ではないと。
「僕は怪我をしていないから、大丈夫だよ。……心配してくれるなんて、嬉しいよ。」
レイトは、血が付いたままの手で水音の頬を優しく撫でた。ゆるりとした液体の感触が伝わってきて、水音は一瞬で恐怖を感じてしまい体が震えた。
「……じゃあ、この血は………。」
「白騎士の仕事が終わって、甲冑を脱いだ瞬間に、忍び込んでいた黒に襲われたんだ。全く、彼らは怖いよね。僕を殺そうとするんだ……。」
「………じゃあ、レイトさん、あなたは黒を……。」
「大丈夫。みんな始末しておいたから。僕は、こう見えても白騎士や白蓮の中でも、1、2位を争うぐらいに強いんだよ。」
いつものように、レイトはにっこりと笑った。
淡い光を浴びて、闇の中、血をまとって笑うレイトは、異様としか思えなかった。
「……人を殺してしまったの?そんなに簡単に……?」
水音は、レイトから逃げるように無意識に体が一歩ずつ下がってしまう。あまりの衝撃に、水音はよろけそうになってしまう。
「どうして逃げるのかな?僕は殺されそうになったから、殺しただけだよ。何が悪い?」
水音の腕を掴んで、顔にこびりついた笑顔のままシュリは言い聞かせるように水音に言う。
けれども、水音は猟奇的な彼の姿を間近で見て、そして肌や臭いで感じとって、すっかり恐怖心に囚われてしまっていた。
レイトという男が怖くて仕方がなくなっていた。
「イヤっ!離して……。」
「……僕もそろそろ待ってられなくなったから、仕方がないかな。」
そういうと、レイトは無理矢理水音を抱き抱えて、そのままベットへと押し倒した。
水音の服や肌には、レイトが浴びた返り血がべったりとついていた。けれど、そんな事を気にしている余裕は水音にはなかった。
ベットに押し倒されて、目の前にはどこか遠くを見つめたまま微笑むのレイトの顔がある。両手はレイトの手でしっかりと押さえつけられていて、動くことが出来なかった。
「水音の気持ちが僕に向いてくれるまで待っていようと思ったんだけど。白蓮の生活は、あまり好きじゃなかったのかな?僕にも振り向いてくれなかっなし。」
「………誰かの犠牲で成り立ってる生活なんて、幸せでもなんでもないわ。」
「黒よりも幸せだとは思わないのかな?」
「思わないわ!私は、白蓮も、そんな考え方をしているレイトも好きになれないわ!」
その水音の言葉を聞いて、レイトはにっこりとした表情が固まって消え、そして、妖艶な瞳でこちらを見つえた。
「残念だよ。無理矢理はあんまり、好きじゃないんだけどね。」
そういうと、レイトは水音に近づき、ゆっくりとキスをした。
水音は、目をギュッと閉じてそれに耐えた。
どうしてこんな風になってしまったのか。
レイトは、白蓮の刻印に固執しているのはわかっていた。けれども、こんなにも嫌がる水音を無理矢理押し付けて、刻印をつけようとしてしまうだろうか。
それに、彼は白蓮と黒の刻印の交換を目的としているのだ。彼の言葉と行動の意味が全く理解出来ないのだ。
白蓮でいたい彼と、黒の刻印の交換を望む彼。
まったく繋がらないのだ。
何度か短い口づけをした後、レイトはゆっくりと水音から体を離した。
「大人しくしていれば、怖いことはしないから。」
そう言って、レイトが少し手の力を緩めた瞬間。水音は素早く腕を振り払い、彼の体を強く押した。すると、指が引っ掛かったのか、彼が着ていた白のシャツのボタンが外れてしまった。
真っ赤に染まった白のシャツ。その間から見える、彼の白く引き締まった体。
そこには、以前水音が「温かい。」と、服越しに触れた刻印の場所。
「え………なんで………。」
「………。」
レイトの白い脇腹には、くっきりと黒の刻印があったのだった。
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