魔王の八月

エリー.ファー

魔王の八月

「勇者、来ないな。」

「来ないっすね。」

 八月は暑い。

 魔王としての立場である私は、特にそう思う。

 魔王城は基本的にクーラーを使わない方向で進んでいる。

 省エネということではなく、クーラーを使うことによって何度にするかという問題が発生してしまうためである。

 基本的に魔王城にいるモンスターは肉体系ではなく頭脳系。大抵が魔法を使うことができる。そうなると、アイス系の魔法を自分の周辺にだけ使って、気温の調整をすることは可能なのである。

 ただし、この場合、魔法の使えないモンスターたちが苦しむことになる。

 事務的な仕事もあるが、当然、勇者が来た場合の警備にあたる部署もあり、そこには魔法の使えないモンスターも多くいる。彼等にとってクーラーは必要不可欠だが、もちろん適温は個人差がある。

 そのため、今年の魔王城では、魔法の使えないモンスターには弱中強の三段階を選択できる携帯型扇風機を支給することに決めた。

 だが。

 黙っていなかったのは、魔法を使うことのできるモンスターたちである。

 そもそも、魔王軍では魔法を使えるようになることを奨励しており、通信教育やセミナーなどの参加費用を負担するなど、福利厚生は整っているのである。つまり、今、魔法が使えずに涼むことができていないモンスターは、努力不足ではないかと意見したわけだ。

 これに反論が出る。

 そもそも、魔法というのはモンスターによって適性というものがあり、勉強したところで魔法を使えても、多くの魔力を消費し逆に疲れてしまう者もいる。誰でも学べば魔法を効率よく使えるようになるわけではないことは周知の事実であり、この部分の理解が薄いのは、むしろ種族差別、ハラスメントに該当するのではないだろうか。

 当然、ここでも反論がでる。

 では、魔王軍で、今一番魔法を使うのが上手く、魔王軍全体に教育して回っているのは誰か。いうまでもなく、八坂ゴブリン先生である。本来、魔法を使うことのできない種族の典型であるにも関わらず、これだけの魔法を使える例が存在しているのだから、否定するのは最早ナンセンスではないだろうか。むしろ、種族の違いを出して努力しない理由を並べ立てることこそ、ハラスメントの典型といえる。

 またも反論が噴出。

 八坂ゴブリン先生は、そもそもウィザード系が多く住む、戦国の谷でお生まれになっており、幼少期から魔法教育を受けているため、引き合いに出す存在としてそもそも間違っている。それに、八坂ゴブリン先生の著書、十日間でボブルからバルドモアまで覚えられる十三のコツ、の中で、種族による向き不向きによって断念する方もいらっしゃることは事実であり、このメソッドがすべての方に通用するわけではない、との記述がある。種族による魔法との相性はその八坂ゴブリン先生も認めているところである。

 議論は永遠続くと思われたし、実際、続いている。

 本来関係のない、トイレ掃除に魔法を使うのでは新人教育の意味がない、という問題まで出てきてしまい、おそらく結論は出ないだろう。

「勇者来ないかなぁ。」

「敵が近くにいると、内部の問題に目がいかなくなりますからねー。」

「勇者どこなの。」

「勇者っすか。いや、確か、沼地の処刑場あたりですよ。」

「やばいなー、あっちルートかぁ。レベル低いまま迷いの森に入っちゃうなあ。どうにかしてよ総務部長。」

 うちわで仰ぎながら、今日も、水の入ったタライに両足を入れる。

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