第56話 若き冒険者たちへの鎮魂歌

「ギルドマスターに用がある 会えるか?」


ワタルは受付嬢にそう告げる


「し、しばらくおまちください!」


焦った表情で小走りで駆けていく


ギルドの職員たち全員にギルドマスターから


「『漆黒の守護者』たちの対応は最優先で実行しろ」


とのお達しがあったからだ


一介の冒険者にとっては、異例の待遇だ


受付嬢が慌てるのも無理はない




すぐに受付嬢が戻ってくる


「ギルドマスターがお会いになるそうです」


「ご案内いたします」


執務室に通されると、一人の男が待っていた


元冒険者とあって体格のいい男だった


接客用のテーブルに座っており、ワタルが座るとすぐに茶が振舞われた


アトラスも座るように案内されたが


「私の定位置はここで ここから動くつもりは微塵もありません」


と確固たる意志を告げてワタルの後ろに立ち、身じろぎもしない


ワタルは至極居心地が悪かった




「お前たちが『漆黒の守護者』か? 俺に用があるそうだが?」


「これを冒険者たちに貸し出してほしい 特に初心者や経験の浅い冒険者には無料でだ」


そう言ってワタルはテーブルの上に魔石らしきものを置く


「魔道具か?」


「『冒険者れこーだー』だ」


「これを発動させて携帯すると、携帯した者の視覚と聴覚を通して映像と音声を記録できる」


「なんだと! そんな魔道具聞いたことないぜ それで記録時間は?」


「ほぼ無制限だ」


「は!? 無制限だと」


魔石の記録容量は正確には有限だ


だが人間の尺度で考えれば、無限と思えるほどの容量を持っている


「それとマッピング機能と記録した地図を表示できる」


「ん? なんだ? ちょっと頭を整理させてくれ」


にわかに信じられないのも無理はない


携帯者の感覚にリンクして映像と音声を無制限に記録でき、その上マッピング機能を持ち記録した地図を表示できる


それが本当であれば『国宝級』の魔道具である


斥候やスパイに持たせれば、貴重な情報を簡単にかつ正確に入手できる


その利用価値は計り知れない


だが、その目論見は次の一言で潰える




「ちなみに軍事利用しようとしても無駄」


「こいつはダンジョン内の魔力波形を記憶して、その魔力でしか動作しないようになっている」


「ちなみに街から持ち去るのも無理だぜ」


「街から出た途端に、再生機の傍に転送されるようになっているから」


つまりダンジョン専用の魔道具で盗む事も不可能という事だ




「記録した映像と音声の再生方法は?」


ギルドマスターの問いに


いずこから取り出したのか?


箱のようなものをテーブルに置く


箱には魔石をはめ込むためのくぼみがある


「これが再生用の魔道具だ」


「記録した地図は、他の『冒険者れこーだー』で共有可能だ」


「幾つ用意できる?」


「この街の冒険者に必要な数だけ」


現在エヴァが、マクロ機能で絶賛量産中だ


「利益の分配比率は?」


初心者や初級レベルには無料にしても、上級冒険者からはかなりの収入が見込める


一瞬の油断が死につながる下層域で、マッピングの必要がなく、マップを手軽に表示できるのだ


利用しない者は居ないだろう


新しい階層に到達した冒険者に賞金を出せば、真の意味で冒険をする者が出てくる可能性も期待出来る


「利益はギルドに全てと言いたいところだが、一部は最近亡くなった二人の冒険者の家族に送ってくれ」


この魔道具を作ったのは、金の為でも、ましてや名声の為でもない


経験の浅い冒険者を悪意のある冒険者から守るため


映像を記録されていると知れば、うかつに他の冒険者に危害を加えようとする者は出てこないだろう




若い冒険者たちを死なせてしまった


彼らの未来を奪ってしまった


ワタルにとって、せめてもの贖罪だった




ギルドマスターは二つ返事でワタルの提案を受けた


これだけの魔道具を必要な冒険者全てに提供できるのだ


初期投資も維持コストも必要ない


とくれば、断る理由がない




『冒険者れこーだー』の評判は、瞬く間に街の冒険者に広がり


噂を聞きつけた他の街のギルドからも提供依頼が殺到したが


現在のところ、初期設定はワタルにしか出来ない


なので将来、ワタルがその街に行くことがあったら提供しても構わないと言っておいた


程なくしてギルド協会から、ワタルたちに各地のダンジョン都市を巡る強制クエストが発生することになるのは自明の理であろう




二人の若い冒険者の故郷に、彼らが亡くなったと知らせが届き遺族は悲しみに暮れた


それからしばらく経つと、毎月遺族の元へ見舞金がギルドから届くようになる


善良だった冒険者たち同様、その家族も善良な者たちだった


見舞金の中から自分たちが必要な分だけを受け取り


残りは村に寄付するようになった


その額はどんどん増えていき村は裕福になり、人口も増えいつしか街になる




村から街になった際に、街の名前を新しくつけることになった


その名はかつて村を旅立った、二人の冒険者の名前から付けられる事となる


彼らの名前はこの街でいつまでも、語り継がれるていくことだろう



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