第53話 困ったときは

「折り入って頼みがある」


場所はギルドの酒場


そう言って頭を下げるのは『魔導兵団』の団長


冒険者たちが彼が頭を下げるのを見たのは


今までにたったの2回だけ


相手は同じ


新人冒険者のワタルだった




「『魔導兵団』と『漆黒の守護者』が揉めてんのか?」


「一体全体どうなってんだ?」


「全く理解できん」


「明日は血の雨が降る そうに違いない」


同じようなセルフを聞いたような気がする


それほど稀有な事なのだろうとワタルは思った




「頭を上げて下さい どうしたんですか? 改まって」


「部下が失礼な事ををしておきながら、頼みごとをするのはお門違いだと言うのは承知している」


「いやいや その話はもう終わった事ですよ」




団長は律義な人だった


そして実は人見知りだった


外見の異様さに


口数の少なさ


そして圧倒的な力が周囲に威圧感をを与えていただけだった


つまり周囲に誤解されている訳だ


そんな人見知りの彼が、ワタルに頭を下げ頼みごとをする


よほど自体が切迫しているのだろう




「それに俺は新人冒険者」 


「団長さんは先輩なんだから」


「もうちょっと偉そうにしてもいい位じゃないですかね?」


「いやいや 団員であればいざ知らず 同じ冒険者に横柄は態度は取れない」


無口だが、新人であるワタルに対しても頭を下げられる


(やっぱこの人良い人だよなぁ)


何故、他の冒険者が怖がっているのか不思議なくらいだ


ワタルは初対面の時からこの男の事を気に入っていた




「それで本題に入りたいのだが・・・」


言いにくそうにしているので、ワタルから促してみた


「引き受けられるかどうかは分かりませんが、取りあえず言ってみて下さい」


「先日、貰った魔石なんだが あれをいくつか譲ってもらえないだろうか?」


「貴重な物である事は重々承知している」


「代金もなるべく、君の要望に応えたいと思っている」




これから価格の交渉に入ろうと思った時には


「団員さん全部で10人でしたっけ?」


「一人当たり二つ 20個でいいですかね?」


と言って、すぐに目に前に取り出し見せた


「いや 情けない話だが、それだけの数を買い取る持ち合わせがない」


正直それだけあればダンジョン攻略に十分な魔力が手に入る


喉から手が出るほど欲しかった


だが、これだけのものを買い取る資金は今の『魔導兵団』には無い


取りあえず値段を交渉して可能な数だけ譲ってもらおうと考えていると




「いや 結構頑張って作ったんですけど、余ってるんで金なんて要りませんよ」


そういって革袋に入れて手渡される


この大量の魔力が込められた魔石はアトラス様に作り置きしていら物だ


だが当のアトラスには、ワタルに直接補充してほしいと毎回のように言われ、魔石は死蔵されていた


有効活用してもらえるなら使ってもらいたいと単純に譲ろうとするワタル


だが、その誠意とは裏腹に、団長には気前の良すぎる話に疑心を抱かせてしまったようだ


(なにか思惑が? これを餌に罠に嵌められようとしているのか?)


元軍人であり、国に裏切られた過去を持つ


疑ってしまっても仕方のない事なのだろう




考えを見抜いたわけではない


ワタルには彼が、遠慮をしているように見えた


だから遠慮せずに受け取ってもらうつもりで話し始めた


「俺は実は召喚者なんですよ」


召喚者は特別な能力や強力な身体能力を与えれあれ、この世界に呼び出されると聞いたことがある


その内の幾人かは、勇者と呼ばれる存在になる事が多い


団長は何故、彼らの能力があれほど高いのか合点がいった


「それでね 俺が居た世界にこんな言葉がありまして」


「困ったときはお互い様」


「困ったときはお互い様?」


「って言っても今はほとんど使う人は居なくなっちゃってるんですけどね」


隣人に興味を持たない


関係を持つことを避ける


そんな人間が増えて来た元の世界に思いを馳せるワタル


「人は支え合って生きている」


「だから困った時は遠慮なく誰かを頼ってもいい」


「そう言う意味らしいんですよ」




「俺はこの世界に来てから、その意味がやっと分かった気がします」


仲間に支えてもらった


今はアトラスとエヴァが何かと世話を焼いてくれる


最初はワタルを半端者と馬鹿にしていた冒険者たちも


誰もやりたがらないリクエストを自ら引き受ける人柄


そこに冒険者として自分たちが思い描いていた姿を思い出した


ダンジョンで危機に陥っている物を見つけると、すぐに駆け付け難なく打開してしまうその実力


彼らに助けられた者は少なくない


せめてもの償い、そして感謝を込めて


ギルドに彼らが顔を出せば、にこやかに声をかける者


酒を奢ってくれたり、酔っぱらいながら自分たちの経験談を聞かせてくれる者たちも出始めた


「人は支え合って生きている」


まさしくそうなんだと今更ながらに思うワタル


「だからこれは、困ったときのお互い様です」


そう言って笑う相手が自分を貶める?罠にはめる?


自分は何を疑っていたんだろうと、恥ずかしくなった




「その なんだ うっ!」


礼を言おうとした


その瞬間に腕が誤作動を起こした


何と間の悪い事かと、団長は舌を打つ


「どうしたんですか?」


「すまない こんな時に誤作動を起こしてしまったらしい」


腕の震えが止まらない、また応急処置に金がかさむ


頭の痛い話だが、兵団の長として部下に不安な思いはさせられない


「ちょっと診せてもらっていいですか?」


この時には目の前の少年を疑う気持ちなど、どこかに消えていた


誤作動が収まらない腕に、手を当ててワタルはスキルを発動する


『修理 リペア』


嘘のように誤作動は収まった


それどころかあちこちに走る傷も消えてしまった


「ほかのパーツもだいぶ傷んでますね」


魔導兵を構成する魔道具は、日用品などとは次元が違う複雑な代物だ


それをいとも容易く、次々に直してしていく


国が滅び、冒険者の身となってからは、街の錬金術師に頼んで、だましだましやって来た


まともなメンテナンスなど受けたことが無い


それがどうした事だろう


信じられない位に体が軽い


「取りあえずは、これで大丈夫そうですね」


「もし、また誤作動とか出たら、何時でも来てください」


「この力はいったい何なのだ?」


「それはちょっと企業秘密でして」


「ってまぁあんまり噂が広まると面倒ってくらいなんですけどね」


「つい口が滑ったてしまったが、冒険者としてあるまじき行為だった」


「許してほしい」


冒険者にとって自分の持つ能力が技術を流出することは弱点をさらす事と同義


詮索しないのが暗黙の決まりだ


「君の都合のいい時でいい」


「私の団員たちの修理も頼めないだろうか?」


「もちろん報酬は払う」




「困ったときは何時でも来てください」


「さっきも言ったでしょう?」


「ああ そうだった」


「困ったときはお互い様か」


「素晴らしい言葉だな」


「今日は本当にすまなかった」


「また寄らせてもらう」


そう言って団長は去って行った


「ワタル 少し彼に気を許しすぎではありませんか?」


『そうよ それに気前が良すぎよ 少しふんだくってやったらどう?』


アトラスとエヴァはそう言うが


「まぁ そう言うなよ」 


「俺、結構あの人の事、気に入ってるんだから」




『魔導兵団』のアジトへと戻る団長


彼の中にはある考えが浮かんでいた



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