第5話
大佐の家は、外にあんなに人がいるにも関わらず、静かだった。
玄関の正面にはまた大きな扉があって、左右に階段があった。大きな扉の上の壁には、鋭く前を見つめる盲目になる前の大佐の肖像画が飾ってあった。
まるで、絵本の中のお城みたいだ。と、ケリーは思った。つい、中をきょろきょろと見回してしまった。
「珍しいかい?」
ケリーは驚いて飛び上った。玄関のすぐ横に、おばあさんが腰かけに座って、ニコニコしながらケリーを見ていた。
「こ、こんにちは」
「はい、こんにちは。あたしは、ここで大佐のお世話をしている、メイドのローラという者です。ま、この年になるとどっちが世話してるのか、分らないんだけどねぇ」
ローラさんは笑いながら言った。開いた口から、何本かの歯がなくなっているのが見えた。
「さてさて、あたしはここで、子供に大佐の部屋を教えるのが仕事なんだよ。部屋は左の階段を上ってまっすぐ行った着き当たりだよ」
「あ、ありがとう、ローラさん。僕ケリーです」
ケリーが名乗ると、ローラさんは嬉しそうに笑った。
「ふふふ。さっきの化けたお嬢ちゃんもそうだったが、最近の子は、相手が名乗っても自分の名前を言う子が少なくてね。あんたみたいな子は、きっと大佐も気に入るよ。がんばんな」
「うん、ありがとう」
ケリーはローラさんにお辞儀をして、言われた部屋へ向かった。
大佐の部屋の扉は重くて頑丈そうだった。緊張のせいなのか、ケリーには扉が自分の何倍も大きく見えていた。
ケリーは目を閉じて、大きく深呼吸した。首にかかった珊瑚の首飾りを掴むと、ゆっくりと目を開けた。扉は、普通の大きさに戻っていた。
「入りなさい」
ケリーが扉をノックすると、中から低い声が返ってきた。ケリーは、ゆっくり扉を開けて中に入った。
「ようこそ。まずは名前を聞こうか」
「ケリーです。よろしくお願いします」
部屋の中は、一番奥の正面に大佐が座る椅子があって、大きな机を挟んで小さな椅子が一つ置いてあった。周りには絵や本棚があるだけで、剣や銃といった軍人らしいものは見当たらなかった。
ただ、大佐の背にある窓からは、町が一望できて、日の光が部屋いっぱいに差し込んでいた。
大佐は、下に飾ってあった絵とはちがい、目に布を巻いていた。何度か見たことがあったが、見た目と合わせて独特の空気を纏う大佐は化け物じみて見えて、少し怖かった。
「まぁ、緊張しなくていい。椅子にかけて楽にしなさい」
ケリーが椅子に座ると、大佐は音で分かったらしく咳ばらいをして質問を始めた。
「では、ひとつめから。年はいくつかね?」
「十一歳です」
「一番仲のいい友達は?」
「パン屋のジャックと、仕立て屋のエミリーです」
ケリーの答えに、大佐はふふふっと笑った。
「なるほど。では、きみがあのケリーくんか。前に面接したジャックくんから、ぜひきみをと、強く言われてね。なんでも、きみの歌声には小鳥も鳴くのをはばかり、聴き入ってしまうほどだとか」
大佐は笑いが止まらないようだった。
ジャックのやつ本当に言ったのか。しかも、なんて恥ずかしいことを! ケリーは、恥ずかしくて顔が熱くなった。
「い、いや、それはジャックが言っただけで」
「いやいや、謙遜することはないぞ?」
大佐は、ニヤニヤしながら言った。
「ははは。いや、すまんな。からかってしまった。すると、もう一人は先ほどの名女優かな?」
やっぱりバレてたのか。と、ケリーは呆れた。よく考えてみれば、下にいたローラさんにもバレていた。
「はい。その通りです」
「なかなか素敵な友達を持っているな。一緒にいて楽しいだろう?」
「はい。とても」
「うむ、よろしい。では続きだ。文字はどのくらい読めるかね?」
「教会で毎週日曜日にやっている勉強会には、必ず行っています。でも、僕は他の日も行って、教えてもらっています」
「ほう、偉いな。では聖書の好きなところを言えるかな?」
「はい。主は……」
大佐は、いくつもケリーに質問した。ケリーは、真っ直ぐ大佐を見つめたまま答え続けた。
「うむ。なかなか賢い子みたいだな、きみは」
「ありがとうございます」
「では、次だ。君の親御さんのお仕事は?」
「おかあさんは、市場で働いています。おとうさんは」
その先が、ケリーは言えなかった。
お前と戦って死んだんだ! と、ケリーは叫びたかった。ズボンの上から、ポケットの中の物を強く握りしめた。
「……いや、すまない。それ以上は言わなくていい。長くなってしまったな。これで面接を終わりにする。採用が決まれば、今日か明日中に報告するから、待っていてくれ。それと、面接の内容については今日いっぱい、誰にも言ってはいかんぞ?」
「はい」
ケリーは、椅子から立ち上がりながら答えた。
チリン
首飾りが揺れて、部屋に透きとおった音が流れた。
「ん? 今の音は」
「僕の首飾りです。おとうさんの、形見の」
ケリーは、うつむいて言った。
「そうか。気をつけて帰るんだぞ」
ケリーは、何も言わずに部屋から出て行った。階段を下りると、疲れたのかウトウトし始めていたローラさんに挨拶をして外に出た。扉は、中に入るときよりも重たく感じた。
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