ケリーの声
末野ユウ
第1話
ある小さな港町の中心に、お昼時だというのに大勢の人だかりができていた。
みんなの視線の先には、町の掲示板があった。普段、掲示板には、いつも人が足りていない人気レストランの広告や、クレアおばさんちの飼い犬の捜索願いが貼っているくらいで、目を止める人は少なかった。
では、この人だかりはなんなのか。理由は簡単。掲示板に新しい仕事の募集が貼り出されたのだ。それも、とびっきり良い仕事が。
「このたび、盲目の海軍大佐が
毎朝、新聞を読んでくれる声のきれいな少年を募集。
選考会をするため
希望者は明日の朝
丘の上の大佐宅に集まること。
なお、給料はひと月でその子の親の三ヶ月分を支払う」
広告を見た人たちは興奮して、「うちの坊やを連れて行かなくちゃ」「甥っ子を呼ばないと」など、口々に身近な男の子を上げていた。みんな、こんなに給料の良い仕事は見たことがなかったのだ。広告は貼り出されたばかりだったが、町中に知れ渡るのは時間の問題だろう。
この町は、王国の南側の一番端にあった。十年続いた隣国との戦争では海軍の拠点となり、多くの船と男たちが戦場へ繰り出していった。しかし、三年前に王国は戦争に敗れ、町は占領され、今は元々敵だった海軍大佐に統治されている。
だが、大佐は国の間で決められた条約を守って、乱暴なことはしなかった。それどころか、町の人たちの暮らしをよりよいものにするために、傷ついた男たちの治療や、町の復興に全力を注いだ。初めは大佐を嫌っていた町の人たちも、徐々に大佐を認め、今では感謝している人もいて、人柄も良い大佐はみんなに慕われていた。
騒がしさを増す町の中で、人ごみの間から見える広告をじっと睨みつける少年がいた。ケリーという名前のこの少年は、しばらくすると、自分の家に向かって走り出した。彼は裸足だったが、人の間を風のようにすり抜けていった。いつも裸足だったから、こんなに速く走っても足は全然痛くなかった。
チリンッ
ケリーが通った後に、音の高い鈴のような、ガラス棒同士を軽く叩いたような、きれいな透きとおった音が聞こえた。
チリンッ チリンッ チリリンッ
黒ずんだ麻のシャツに、穴の空いたズボンというみすぼらしい格好のケリーには不釣り合いな、ピンク色の珊瑚の首飾りからその音は鳴っていた。丸いのやら細長いのやら、大小様々な珊瑚からできた首飾りは、ケリーには少し大きくて、動くたびに珊瑚がぶつかりあっていた。
でも、彼にとってこの首飾りは一番大切な宝物だった。戦争に行ったお父さんの代わりに帰ってきた、大切な形見だった。最初はお父さんの死を信じられなかったケリーも、元々真っ白だった珊瑚が、お父さんの血を浴びてピンク色になっているのを見て、大好きな人が死んだことを受け入れざるを得なかった。
「おとうさん、僕、ぜったいにやるからね」
珊瑚の音色に紛れて、ケリーは小さく呟き、さらにスピードを上げて家に帰った。
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