虚構の帝王

亜峰ヒロ

序文

私が始まり、私の死地となる故郷

 小刻みに揺れる車内で目を覚ます。ぼんやりと蕩けた思考をあくびとともに追い出し、熱っぽい体を車窓に預けた。ひび割れるようなガラスの冷たさに目を細め、私は背筋を震わせた。

 目を閉じるまでは民家が見えていたのに、車窓の外を流れる景色は緑一色になっていた。送電線と隣の線路だけが唯一の人工物である深い山の中を、列車はゆっくりと進んでいく。

「あの――……お話をしませんか」

 向かいに腰かけた女性に話しかける。女声はサングラスの向こうの目を少しだけ開き、

「私の務めは貴様の暇をねぎらうことでも、貴様を楽しませることでもない」

 抑揚のない声で冷ややかに一蹴した。

「でも、他にすることもないし……お話くらいなら手間もかからないと思うんです」

「結構だ。繰り返すが、私の務めは貴様の監視だ。子守りは含まれていない」

「……分かりました。無理を頼み込んですいません」

 道中の暇潰しにと葛白くずしろが調達してくれた本も取り上げられてしまったため、いよいよすることがなくなり、私は冷めた吐息をこぼした。

 しばらくすると車内が暗くなる。トンネルに入ったのだ。私は緊張から背筋を伸ばし、窓の外を見つめる。薄暗がりの中で煉瓦がゆっくりと後ろに流れていき、次第に暗闇が和らいでいく。そして、一転して暗がりは晴れ、陽光が瞳を射抜く。

 トンネルの向こうには、この旅の目的地である姫神ひめがみ村が広がっていた。

 ――……すごい、昔のまま。

 自分の立場は忘れ、列車が駅に入っていくまで、私はずっと窓にへばりついて懐かしい故郷の姿を眺めていた。気分が高揚する様子とは裏腹に、悲しみで眉目を塗り固めて。

 瞼を下ろす。私が始まり、私の死地となる故郷の姿はいつまでも瞳の裏に残っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る