コンビニ店長、異世界で大商人を目指します

藍うらら

プロローグ

 真っ暗闇の中、時計の針がてっぺんを回り、徐々に瞼が重くなり始めたころ。

 自動ドアの開く音がするとともに耳に胼胝ができるほど聞いたであろう定番の愉快な音楽が鼓膜を揺るがす。


「いらっしゃいませー」


 これももう何度口にしたか分からない言葉を紡ぎつつ、淡々とレジスターを打ち、小銭を渡す。


 ――今日も特段変わらない一日だった。


 大手コンビニチェーン「マークル24」新宿駅前店店長、古田聡(ふるた さとし)31歳。それが俺の名前だ。

 地方の国立大学卒業後、大都市に憧れて上京して就職したはいいものの、まさかのブラック企業で短期退職。資格取得など色々と試してみたものの、大した職歴もないために正規の道は諦め、暫くコンビニエンスストアでアルバイトをしていた。

 そこを、そのコンビニを運営していたフランチャイズオーナーの厚意によって正社員として雇用され、無事店長になり――現在に至る。

 特段、人様に褒められるような人生ではないが、これも一興か。

 そんななんの感慨もなく平生通りに過ごしている。


「――っと、また置きっぱなしだよ」


 ふとレジのお客が途切れた合間に窓の方を見やると本置き場の漫画が開きっぱなしで放置されていた。


(商品なんだからもっと丁重に扱ってくれよな、それに読むなら買って読めよ!)


 そんなやや呆れにも似た苦い思いを抱きつつ、本棚の前まで行った時だった。


「――店長、危ない! 車が!」


 代わりにレジに入ってくれていたアルバイトの女子大生の悲鳴にも似た声が大きく鼓膜を揺るがした。


「ん? 車だって!?」


 ――ガゴン


 最後の一言がしっかりと口から発せられていたかは分からない。

 声が聞こえた瞬間、前のガラス越しに車が突っ込んでくるのが視界に入ったのが最後だった。

 結論から言うと、高齢ドライバーによるアクセルとブレーキの踏み間違いによる事故だった。

 ブレーキと間違えてアクセルを一気に踏み込んでしまったがために、勢いよくコンビニ店内へと突っ込んできたのだ。

 そんなわけで、その側にいた俺が咄嗟に避けることができるはずもなく――


 俺は長いようで短い生涯を終えたのであった。




 そう、終えたはずなのだが。

 ――ドスン


「痛ってえ……」


 何かに衝突したというよりは、何かから落ちたという方が正確な衝撃が身体に走った。

 どうやら顔面から落っこちてしまったようで恐らく赤くなってしまっているであろうおでこを「痛たたた」と優しくさする。


「ってあれ? ここ、どこだっけ?」


 そう言いながら辺りを見回してみると、そこには中世西洋風の一室が広がっていた。

 可愛らしくデフォルメされたベッドに真っ白なカーテンが外からの日差しを優しく包み込みつつ、それにやや小ぶりながらも高級感を漂わせるシャンデリアが部屋の隅々にまで明るさを広める。

 どれもおっさんには似つかわしくない品ばかりであった。まさに、場違い。

 さらに、似つかわしくないのは周りだけでなく――


「なんだこの身体は!?」


 ふと側にあった手鏡で自分自身を確認してみると、黒髪ロングに色白の肌、そしてやや小柄で華奢な少女の身体になっていた。容姿も……可愛い方かも?


「一体どうなっているんだ?」


 そうして暫しの間混乱のさなかにあった脳内も若干の時を経てようやく頭が回ってきたようで、ある記憶が目まぐるしく襲ってきた。

 

 俺――もとい私の名前は、メルリア・イル・マークル。12歳。貴族家マークル家の一人娘である。

 貴族と言っても、片田舎の男爵家であり、大したことはないのであるが……

 そして、今朝寝ぼけてベッドから落ちた拍子にこの状態だという。

 膨大な記憶の中ですぐに咀嚼できた情報はこの程度だった。

 それだけでも自身の情報処理能力はオーバーヒート気味だ。それになにより……


「……俺、異世界でお嬢様になっているだってぇ――!?」



 ――しがないコンビニ店長31歳、異世界でお嬢様になりました。


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