第2話

 揺れる黒髪。

 煌めく汗の玉。

 立ち塞がるダブルチームを3度のフェイントで抜き去ると、彼女は誰もいないインサイドで悠々と跳び上がる。完璧なフォームから放たれるのは、女子では珍しいワンハンドのフェイダウェイ。

 細い腕を離れたボールは、天井に緩やかな弧を描くと、その先で待ち構えるゴールネットを音も無くくぐり抜けた。

「零音、ナイッシュー!」

 瞬間、電光掲示板は『0』を表示し、熱気の籠る体育館は途端に歓声に包まれる。彼女は...御厨(みくりや)零音(れね)は、そんな仲間達の方を振り向くと、

「...これでミニゲーム終わりですよね。私自主練で残ってくので、鍵とか片付けとかはやっておきます」

 と、身につけていたビブスを脱いだ。

「やった、零音ありがと!」

「お先失礼しまーすっ」

 口々に感謝を言いながら、1人、また1人と体育館から出て行く部員達。やがて、最後の1人もいなくなると、彼女はゴール下のボールを拾い上げて、

「フゥー...」

 と大きく息を吐いた。

「零音」

 ふと静かな館内に響いた、彼女を呼ぶ若い男の声。零音は肩を震わせて驚くが、振り返って声の主を見ると

「...碧...」

 とだけ零して、黒曜石のような双眸を少しだけ見開く。

 碧と呼ばれたその人物は、ゴール下の零音の元へ歩み寄ると、

「部活お疲れ」

 と、艶やかな黒髪をくしゃっと撫でた。

「やめてよ碧、こんな所で...恥ずかしい」

「俺は全然そんな事無いけど?ここには俺達以外誰もいないんだし」

「でも...一応、学校、だから...」

「とは言っても、部活が終わったばっかの午後7時半だけどな」

 零音は頬を赤く染めるが、男は気にせずに彼女の頭を撫で続ける。

 ...桐崎(きりさき)碧(あおい)さん。男バスの副主将を務めるクレバーな司令塔で...天才SF、御厨零音の恋人。

「全く...。...でも、好きだよ...碧」

 柔らかく微笑むと、零音は、そっとその身を彼に...桐崎さんに預ける。

 ジグソーパズルのピースのように、ピタリと重なる美しい2人。その姿はどこか儚げで、でもとても綺麗で。...この2人に「お幸せに」って言えたら、俺はどんなに良い事だろう。今の零音には桐崎さんしかいないって、ちゃんと頭では分かってるはずなのに...。



「...零音...」



 俺は、どうしても零音を忘れる事が出来ない。

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