30話「思い出とふたりの時間」
30話「思い出とふたりの時間」
色は、エメルが話す魔法の言葉が好きだった。
今まで聞いたことがない言葉だったが、彼女が話すと、とても綺麗に聞こえたのだ。
だから、その日もエメルに会ってその声と言葉を聞いて、彼女の笑顔を見るのを楽しみにしていた。
いつもより習い物が早く終わったので、エメルの好きな和菓子が入った紙袋を抱えて走り、いつもの場所に向かった。
いつもエメルが先に神社にいるので、今日は自分が先に行って驚かそうと思ったのだ。神社が見えてくると、その近くに大きな車が止まっていた。
田舎道で、車も通るのも珍しい、神社の前の道路。不思議に思っていると、その車のドアが開いた。
すると、中から覆面を被った成人の男性と思われる人が3人出てきた。
唖然としながらも、色の頭の中では危険だ、と、警報が鳴っている。
けれども、恐怖で足がすくみ色は動けなくなった。
「おまえ、冷泉とこの坊っちゃんだな。」
「っっ………。」
「余計なことはいいから、さっさと、車に詰め込むぞ。」
そういうと、3人はあっという間に色を抱え込んだ。色は「やめろよ!離せっ!」と叫んで暴れるだけで、何も出来ないまま車に入れられそうになった。色は、護身術や剣道なども習っていたが、本当に怖い場面では、何も出来ない事を痛感し、自分はどうなってしまうのかと恐怖に囚われていた。
その時だった。
覆面の男の1人の足に、大きめの石が当たった。男は「痛ってーなっっ!」と足を押さえながら、飛んできた方向に視線を向けた。他の男も色も同時に顔を向けると、そこには金髪の小さな少女が、目を吊り上げ、顔を真っ赤にしながら、石を持って立っていた。
『色を離してっ!』
大きな声でそう言うと、覆面の男は焦り始めた。大きな声を出されては目立ってしまうのだ。それが聞いたことがない言葉だとしても同じ事だ。
「無視していくぞ。」
覆面のリーダーらしき男がそう言った瞬間、エメルは勢いよく走り男たちに飛びかかろうとした。
しかし、それは敵わなかった。
エメルが石をぶつけた男が、ポケットからナイフを出してエメルを切りつけたのだ。
エメルは声も上げずに、その場に倒れ込んだ。左胸を切られたのかエメルは左胸を押さえている。その手はすぐに真っ赤に染まっていった。胸から大量の血が溢れてきたのだ。
その後に、覆面の男が彼女の体を蹴った。
エメルは後頭部を地面に強く打ち、その場で動かなくなった。
それを色は、呆然と見つめていた。彼女が倒れている。血を流して、頭をぶつけた。このままで彼女は死んでしまうのではないか。
色は頭が真っ白になり、口がカラカラに乾き、そして、怒りと恐怖で顔が赤くなった。
「エメル………おい、エメルっっ!」
色が大声を出しても、彼女は全く反応しなかった。左胸から、大量の血が流れ、地面を赤く染めていた。
大声を出した色も、口を塞がれて車に詰め込まれて、どこかに連れ去られてしまった。
窓から見えるエメルが、どんどん小さくなって、ついに見えなくなる。
けれども、色の頭の中にはしっかりと彼女の顔が刻まれていた。
真っ青で、苦しそうな顔が。
その後、誘拐された色はあっけなく見つかった。心配性の母親が服にGPSを付けていたので、すぐに犯人の行方がわかったのだ。色にはほとんどケガがなく保護された。
色は自分の事よりも助けてくれたエメルが心配だった。
病院に駆けつけたが、エメルは病室でずっと寝ていた。1度目を覚ましたけれど、前後の記憶がなく、「冷泉色」という少年の事も覚えてなかったと聞いた。色は、それが信じられず彼女が起きるのを待っていたかった。
けれども、エメルの母親はそれを許してくれなかった。色の両親に、エメルの母親は激しい言葉を言っていた。色には理解できないこともあったが、「この子に会ったら、うちの子が辛いことを思い出してしまって可愛そうだわ。」という言葉だけは意味がわかった。
今のエメルは、あの覆面男に会い、酷い事をされたのを覚えていない。あんな恐ろしいことを思い出してしまったら、エメルは悲しみ、怖がるだろう。外にも出られなくなってしまうのではないか。そんな風に色も思っていた。
両親に、帰ると説得して、今後エメルに会わないことを、心に決めた。
けれども、色はエメルが自分を助けてくれたことを忘れてはいけない、と強く思った。
彼女は初恋の相手であって、自分の憧れの存在になった。
もし彼女と会うことがあったのならば、次は絶対に守ってあげたいと、心に誓ったのであった。
☆★☆
「すぐにでも、エメルを見つけ出して謝って、ありがとうって伝えたかったけど。俺をみて思い出して辛い思いをさせるのも嫌だったんだ。」
「冷泉様………っっ!」
持っていたカップがカチンっと音をたててテーブルに落ちる。幸い割れてもいなく、中身も飲み切っていたので、汚れもしなかった。
翠は、急に頭痛を感じてしまったのだ。
色の話を聞いて、残っていた記憶が反応でもしたのか、と考えてしまう。色は、苦痛で顔を歪める翠を見て、「翠?大丈夫か?」と焦った表情で肩を支えて、顔を見つめていた。
「ちょっと、頭が痛いだけです。………あの、教えていただき、ありがとうございます。昔から冷泉様と知り合いで、……冷泉様にずっと想ってもらえて幸せです。………でも、……もう、気にしないで………。」
「翠、もうしゃべらなくていい。とりあえず、家にもどって休もう。」
くらくらとする頭のせいで、うまくしゃべれなくなってしまう。その様子を不安そうに見つめながら色はそう言うと、色に支えてもらい車まで歩いた。
色の部屋に着くと、すぐにベットに横になる。
「冷泉様、すみません。せっかくお話聞かせて貰ったのに。でも、私、嬉しいんですよ?昔から冷泉様と会っていて、冷泉様がずっと覚えていてくれて。」
「あぁ……今はまず寝ろ。」
「はい………あの冷泉様。」
「こうだろ?」
翠が言いたいことがわかり、色は翠の頭を、撫でてくれる。温かい体温を感じ安心したのか、翠はすぐに寝てしまう。
昔の記憶がいつか戻ること、願いながら。
ぐっすりと寝て気づいた頃には14時を過ぎていた。ゆっくりとベットから体を、起こすと頭痛は、すっかりなくなっていた。
安心して寝室を見渡すと、そこには彼はいなかった。
部屋からでて、リビングにいくとPCの前に座る彼を見つけた。すぐに翠に気づいて、色は立ち上がった。
「大丈夫か?体調は………。」
「すっかりよくなりました。忘れていた記憶の情報が、一気に頭に入ってきたので、疲れたのかもしれません。記憶は戻ってはないのですが……ごめんなさい。」
「いいんだ。それに、俺は翠に感謝を伝えたかったんだ。俺を助けようとしてくれて、そして、友達になってくれて、ありがとう。」
「冷泉様……….。冷泉様はずっと怖い過去を覚えていたのに、私は忘れて逃げてしまって、ごめんなさい。助けてあげられなくて……。それに、すぐにいなくなってしまって。」
翠が退院した後すぐに、母とふたりで逃げるように引っ越しをしたのだ。周りの目からも、冷泉家からも、そして、祖母からも逃げたのだ……。
翠は幼かった頃の話とはいえ、申し訳なくて情けなくて、涙が出てきてしまった。それを、色は指で拭い、そして翠の頭を撫でた。
「おまえが、謝る必要なんてない。でも、エメルがいなくなって、俺はずっと、エメルを………おまえを探していた。だから、店でエメルに似た人を見つけた時は驚いたんだ。外人だと思ってたから、別人だと勘違いしたけどな。」
立ったままで話をしていたので、色は翠の手を取って、ソファに座るように促した。もちろん、ソファに座っても手は繋いだままだ。
「だから、綺麗なギリシャ語を聞いた時や、翠の傷跡を花火大会の日に見てしまった時。お前がエミリではないかと気づいた時には驚いた。」
「あの日、見られちゃってたんですね……恥ずかしいです。」
「でも、それでエメルが翠だったってわかったんだ。………けれど、お前には傷跡がついて嫌だったと思う。痛かったよな。」
「大丈夫です。私も傷跡の理由を知って。この跡が好きになりました。」
彼にそう微笑みかけると、色は少しホットした表情になってくれた。
「………で、それに気づいてくれるのはいつになるんだ?」
色が翠の左手を指差してそういうと、翠は左手を眺める。
「え………これは……。」
翠は左手の薬指にある、透明に光る宝石のリングを見つけた。綺麗な輝きに目を奪われながらも、色の言葉を待っていた。
すると、色は「気づくの遅すぎだろ。」と、笑った。
「おまえに、プレゼントだ。」
「そんな!昨日、エメラルドの指輪を貰ったばかりなのに、どうして……。」
翠は左の薬指、そしてダイヤモンドだと言うことにドキドキしていた。恋愛経験が少ない翠でも分かることだった。
「エメラルドは、エメルに感謝を込めて。そして、ダイヤモンドはおまえの誕生日と、おまえの恋人にさせてもらうために、買ったものだ。本当は花火大会の日に渡すつもりだったんだ。」
「冷泉様、私はこれを貰う資格はありますか?冷泉様に、探してもらえるような人じゃなかったのかなと思います……。冷泉様との記憶がないのに。」
「俺が好きになったんだ。エメルも、一葉翠という女を。それだけじゃダメか?」
色は、翠に顔を近づけて心に問いかけるように、優しく「好き」を伝えてくれる。
自分が忘れてしまっている「エメル」という少女と、今の自分を好きでいてくれる、彼の気持ちがとても嬉しかった。
翠は、彼が愛しくて堪らなくなってしまう。もう、彼しか見れないと、頭と体と心がそう言っていた。
「私は冷泉様が大好きです。きっと、和菓子を持ってきてくれる優しい少年も、憧れて好きだったと思います。」
色は、その言葉を聞くと嬉しそうに微笑み、ゆっくりと翠を抱き締めながら「ありがとう。」と心からの言葉を伝えてくれた。
「その左手の薬指は予約ってことだからな。また、正式にお前にプロポーズする。」
「………私は、もう冷泉様しか見えてないので、いつでも貰われる準備は出来てますよ?」
「………おまえな……そうやって俺を甘やかして煽るの上手くなりすぎだ。」
翠は抱き締められていた体を少し離して、彼の顔を見つめると、少し照れたように自分を見てくれる彼と目が合った。
翠はそれが嬉しくて、つい笑ってしまうと、色は少し怒ったような顔を見せた後、翠の顔に手を添えて、ゆっくりとキスをした。
深くて濃厚な長いキスに翻弄されて、彼の唇が離れる頃には、翠の顔は真っ赤になってしまっていた。
「今度は俺がお前を甘やかして煽る番だな。」
「あの、冷泉様。ギリシャのお店の打ち合わせは………?」
「それは、このキスが終わってから。夕方にでもやるか。」
「………そんなに沢山………!?」
夕方まではあと数時間もある。
色の甘い誘いに、翠は驚きながらも抵抗出来なかった。いや、抵抗したくなかったのかもしれない。
「やっと俺のものに出来たんだ。エメルも翠も。俺にお前を感じさせてくれ。」
「………私も、冷泉様を感じたい、です。」
お互いにうっとりとした表情をして見つめ合い、求め感じ合うように、またキスを繰り返した。
色と翠は、部屋がうっすらと暗くなるまでふたりで熱を感じ、幸せな時間を過ごした。
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