2話「取り引き」
2話「取り引き」
とても傲慢な人だ。
自分を片腕で支えながら、翠を指名した彼をそう思っても見てしまう。挨拶程度で、ほとんど会話もしたことがないのに、どうして自分が指名されなければいけないのか。理解が出来なかった。
助けを求めるように支店長である岡崎を見つめるが、小さく頷くだけだった。翠は「そんな、、。」と心中で叫んでいたが、仕方がない事だとはわかっている。ここは、ホストクラブやキャバクラではない。スタッフが常連客の担当になることは多いけれど、他のスタッフが対応する事も多いのだ。
ここは諦めるしかないと、翠は決心した。
「お客様、助けていただきましてありがとうございます。それでは、お部屋にご案内させていただきます。」
翠はさりげなく彼か体を話、しっかりとお礼を伝えて頭を下げた。和装の男性は「ああ。」と満足そうに頷き、翠の後に続いた。
部屋にはテーブルを挟んでソファが2つ置いてある。向かい合うように座り、翠が挨拶をした後に話をすすめた。
「お客様、本日どのような物をお探しでしたか?」
「色、冷泉色(れいぜん しき)だ。」
「失礼しました。冷泉様。」
「、、、まぁいい。海外のお客に贈り物をしたい。日本製のものはないか?日本限定でもいいが。」
「そうですね、、、。ほとんどがギリシャ製になっておりますが。あ、日本のタオルメーカーとのコラボ商品はあります。タオルは日本から仕入れ、それに刺繍をギリシャで行っている物がございます。日本限定の物でしたら、たくさんありますが、ハンカチや時計、アクセサリー、小物類などございます。」
お客様にプレゼントということで、バックや服などをあえて勧めなかった。
色は、少し悩んだ様子を見せたが「タオルとハンカチを見せてくれ。」と言った。
翠は1度退室して商品を取りに行く。他のスタッフが心配そうに見つめていたけれど、それに首を振って「大丈夫です。」という気持ちを込めて伝えた。
色は翠と話がしたい、と言っていたがそれが嘘のように普通に買い物をしていた。仕事のためなのか、話している時も真剣で、先ほどの行動が信じられないほどの好印象だった。
無事に終わるのでは?と思いながらも、翠は気を引き秘めて部屋に戻った。
「お待たせいたしました。タイルは、こちらの3種類ございます。ハンカチは、着物のような明るい物が多く、10種類以上ございます。」
そう言って、大きなテーブルに並べると、「ありがとう。」と言ってひとつひとつ手にとって確認していく。翠は、商品の特徴を細かく伝えていった。
全て見終わった後、色は「このタイルにしよう。手触りがとても良い。」と絶賛してくれた。
「かしこまりました。こちらは、何点ご希望でしょうか?」
「そうだな、、。20、いや30は欲しいな。可能か?」
「こちらの店舗で10個ですが、取り寄せすれば可能ですが、お時間がかかります。1週間後でも大丈夫でしょうか?」
「あぁ、かまわない。一つ一つ包んでくれ。」
「かしこまりました。」
しずくは、購入や取り寄せのメモを取って、色に代金と取り寄せの用紙を渡した。
すると、色は翠をじっと見つめてる。表情はどこか遠くを見るような、切なげなものだった。
「冷泉様?、、、大丈夫ですか?」
「っっ!、、、いや、何でもない。」
少し呆然としていたのか、色はハッと驚いた表情したが、すぐにいつものにこやかな顔に戻っていた。
「では、、、。」
7日後にお待ちしております。と、伝えようとした時だった。
「やっと、本題に入れるな。仕事の話はおしまいだ。」
色は、ニヤリと微笑むと、今まではソファに姿勢正しく座ってたが、その言葉を発した途端に、背もたれに体を預け、足を組んで座り始めたのだ。着物の裾から素足がちらりと見えてしまい、相手が男なのに翠は少しだけドキッとしてしまった。色の色気のせいだろうか。
あまりの凶変ぶりに翠は呆気にとられてしまい、言葉が出なくなっていた。
「あんたと取引がしたい。」
「、、、え?」
「悪い話ではないから、聞いてみないか?」
「それは、one sinとは関係のない事ですか?」
「おまえ自身との取引だと言っただろ。」
先ほども思ったように傲慢な男だと、改めて思った。取り引きの内容など気になるはずもない。
まずは、彼の目の前から逃げることが先なのだ。翠は、この数分で彼のことが苦手だと思ってしまった。
「冷泉様。ここはone sinのお店ですので、他の取引のお話はお聞きできません。」
「なら、おまえの仕事終わりに迎えに来る。」
「それは、、、。」
店の外で男性と会うのは、あまり好ましくなかった。それに、今まで関わりがなかった人と急に出掛けるのは気が引けてしまうのだ。
仕事中だとはわかっていたが、色はきっと引いてはくれないと、「話だけ、でしたら。」と、彼の話を聞くことにした。
すると、満足そうに微笑んだ色は、ソファの背もたれから体を起こし、組んでいた足の上に手を置いて、ニヤリと微笑んだまま言葉をつむいだ。
「おまえに一目惚れした。」
色はきっぱりとそう言い翠を見つめた。
突然の告白に、翠はドキリとして顔を赤らめてしまった。相手は、有名な社長で、綺麗な顔立ち、そして色気のある着物まで着ているのだ。そんな相手に言われたらドキドキしてしまうのも仕方がない、と思うようにした。
だが、相手のことをほとんど知らない状態で、そのような事言われるのは、翠が苦手とする事だった。見た目だけ見て判断されるのは、一番嫌いなのだ。
「すみません。外見だけでそう判断されるのは、あまり好きじゃありません。」
きっぱりと言いつけると、色は少しビックリした表情を見せたが、その後にくくくくっと、笑いを堪えるように声を洩らしていた。
「な、何が可笑しいんですか!?」
「おまえ、何を勘違いしている?」
「え、、、。」
「俺が一目惚れしたのは、おまえが話すギリシャ語だ。」
それを聞いて、翠は全身が真っ赤になるほど恥ずかしい思いをしてしまった。自分の容姿に自信があるように思われてしまうだろう。しかも、色にかなり失礼なことを言ってしまったのだ。考えても見れば、大企業の社長が、こんなスタッフの娘になんか惚れるはずもないのだ。
ニヤニヤと笑いながら、「すみません!」と汗をかきながら謝る翠を見ていた。内心では、「この人、絶対わざと言ったんだ!!」と、罵っていたが。
その後、「話の続きだ。」と言って色が話を始めた。
「俺が経営者している冷泉グループの店は知っているな。」
「はい。」
冷泉グループは、全国や海外にも展開している大手企業だ。冷泉グループと聞いて、日本で知らない人はいないだろう。高級料亭や呉服屋を展開しており、日本ではかなりの数のお店がある。数年前までは、一部の人が使う超高級なお店というイメージがあった。だか、ワンランクさげてた一般人でも「1年に一度のご褒美に。」ぐらいの和食店を始めたことで、一気に知名度と利用客が増えたらようだった。それも、今の社長である色の手腕だと言われている。
「実は、今度ギリシャに店を開こうと思っているんだ。」
「ギリシャ、、、。」
その言葉を聞いた瞬間、翠はドキッとして思わず、目を開いて彼を見てしまった。すると、色はすぐに気づき微笑んだ。
「なんだ、目の色が変わったな。」
「え、、、いえ、何でもないです。」
「ギリシャが好きなのか?」
彼に話すことでもない。そう思いながらも、「ギリシャ」と言葉を聞くとどうしても惹かれる物があるのだ。「あなたには関係ありません。」そう言ってしまえばいい。わかっていたが、彼の真剣な瞳で見られてしまうと、口が開いてしまった。
「私の祖母がギリシャ人なんです。もう亡くなっているのですが、とても大好きでよくギリシャの話しを聞いていました。だからな、ギリシャが本店にあるこの店を選びましたし。行ってみたいという、憧れがあります。」
「なるほど。家族では行かないのか?」
「祖母は私が生まれる前に日本に来てましたし、裕福な家でもなくて。それに、母親は大の飛行機嫌いでしたし。」
自分一人で行こうとも考えたが、初の海外旅行が一人というのも、恐くて実行できなかったのだ。
「わかった。おまえにとってもいい話だ。」
「、、、、。」
「俺の家庭教師になれ。」
「え、、、?」
予想外の話で、翠は思わず声をだして驚いてしまった。何か仕事を手伝って欲しいというお願いかと思ったが、色本人のお願いとは思っても見なかったのだ。
「前にギリシャ人の客に話してるのを見てな。ギリシャに店を出すなら多少は話せるようになりたいからな。」
「それなら、本当の教師に教えてもらった方がいいのでは、、、」
「おまえのギリシャ語が綺麗だったんだ。一目惚れした。」
先ほどとは違って、真剣に話をする色の目を翠は、まっすぐに受け止めた。
自分の言葉が綺麗だと言われたのは、とても嬉しかった。翠は祖母の言葉を魔法の言葉と言うぐらいに、尊敬しており、綺麗だと思っていたのだ。
それを真似て覚えたギリシャ語を褒めて貰えたのは、嬉しいことだった。
だが、自分のギリシャ語は祖母に教えてもらった後は独学のものであり、誰かに教えられるような物でもなかった。ましてや、大企業の取り引きに使える物なのだろうか?
それが一番の不安だった。
「私にそんな大役は無理です。独学のギリシャ語なのですから。」
「俺はそれが綺麗で惚れたんだ。おまえがいい。」
自分の言葉に言われているのに、翠は自分自身に言われているように思えて、ドキドキしてしまう。だが、相手にバレてしまってはまた笑われると、必死に気持ちを押さえ込んでいた。
「しっかりお金は払う。それに、無事にギリシャに出店が決まったら、店に招待しよう。」
「ギリシャですか?!」
「そうだ。もちろん、全て俺が手配するからお前は手ぶらで行っても構わないぞ。」
パスポートだけは準備しておけよ、と笑いながら色は言った。
これだけ話を聞けば、翠にとってはかなりの好待遇だろう。心が揺らいでしまう。
だが、色に教えることを考えると、どうしても躊躇してしまうのだ。大企業の社長で、しかも傲慢な俺様な性格だ。こんな人の先生になれるのだろうか。
すぐに返事が出来ずにいる翠を見て、色は笑いながら手を伸ばして、翠の頭をポンポンと叩いた。
「悩むって事は、少しは揺らいだんだな。また、1週間後に来るから、その時に返事を聞かせてくれ。」
「え、、、。」
「断られても、俺は諦めない。」
そんな強い言葉を残して、和装の社長は颯爽と店を後にしたのだった。本当ならば、出口まで見送らなければいけなかったが、翠は頭の中がパンクしそうになり、ソファにうずくまったまま、しばらく動けなかった。
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