第7話「電話」




   7話「電話」



 大学祭前日の夜。

 白は、遅くまで研究室に残っていた。後輩たちが看板作りや誘導の打合せなど、しっかりと行っていたため、白はアドバイスぐらいで大きな仕事はなかった。仕事といえば、残り50冊のサイン本を「疲れたよー!飽きたよー!」と言いながら駄々をこねたりサボったりしているキノシタの監視ぐらいだった。

 仕事の時は、集中しすぎて食事をせずに何日もこもることも多いキノシタだったが、文字を書くのは苦手なようだった。


 こうして手伝ってみると、白に助けを呼ばなければいけないほど、忙しくはないように感じられていた。

 恩師や後輩たちに会えたのは嬉しいので、白はあまり気にしてはいなかったが。

 心花たちは、卒業製作でキノシタから指導をもらう生徒だった。あまり講義を受け持っていないので、人数も少なく先輩後輩共に仲が良かった。白も先輩には良くしてもらっていたので、それを後輩に伝えることも大切だと考えていたのだ。


 そう仲間という事を考えるようになったのは、彼女のお陰だ。ずっと独りで生きていくと考えていたが、友達が欲しいと気づくことが出来たのだ。

 こうやって自分が大切、楽しいと思える出来事には、全て彼女と出会って見つけたことがほとんどだった。

 そのため、こうやって何かを考える度に、彼女を思い出せるのは幸せだった。

 付き合い始めとはいえど、ここまで恋人の事を考えているのは、彼女より自分だともわかっている。

 だが、それでいい。

 白は彼女が好きであり、大切にする第一の存在のだった。



 「終わったー!白くん、終わったよ、サイン本!」

 「キノシタ先生、お疲れ様でした。」


 皆に差し入れで持ってきたペットボトルと菓子をキノシタ先生に渡すと、子どものように笑い「ありがとう。」と受けとる。

 すると、先生の声を聞いて、心花が綺麗にしたテーブルで作業していた後輩たちもぞろぞろと、先生の作業スペースに集まってきた。

 ちなみに!心花が片付けたテーブルは綺麗になっていたが、研究室の端には沢山の段ボールが山積になっていた。もちろん、中身は紙のビルの一部達だ。


 「白せんぱーい!私、チラシ頑張って描いたんですよー!」


 そういって、チラシを見せながら白に抱きついてくる心花。「わかりやすいし、可愛いな。」と白に褒められると、「やったぁー!」と嬉しそうに、更に抱きついてくる。

 心花が抱きついてくるのは、毎回の事だった。だが、今は昔とは違う。

 恋人であるしずくが、この状況をみたら良い思いはしないだろう。気にしない、という事はない、と思いたかった。

 しずくも自分を好きでいてくれるという自覚はあった。でなかったら、一緒にいられることを喜んでくれたり、会えない日は寂しがったりしないだろう。

 そんな愛しい彼女のためにも、白は心花に「ごめん。こういうの、もうやめてほしい。」と言って、やんわりと体に抱きついていた心花の腕を取った。

 すると心花は、その行動に驚き、体を硬直させていた。「離してくれ。」と言ったことは何度もある。きっとそれは彼女へ優しく伝えるものだった。

 だが、今回は違った。はっきりと拒否を示したのだ。言葉だけではなく、表情でも。

 今まで優しくしてきた白のせいでもあったが、一度しっかりと伝えておこうと思ったのだ。

 心花はショックを受けた顔を隠しきれないまま、呆然と白を見つめていた。


 

 「みんな、準備ありがとう!明日はおいしいものをご馳走するからなー。」


 白と心花のやり取りは、ほとんどの人が見ておらず、キノシタ先生もその一人だった。見ていたとしても、「また心花がくっついてる。」と思うぐらいで、皆気にした様子はなかった。心花以外は。


 「白くんも、ぜひ夕飯どうかな?久しぶりに話もしたいし。」


 お寿司でも奢るぞー!と張り切っているキノシタだった。だが、大学祭当日の手伝い以外に予定を入れるつもりは、白には全くなかった。もちろん、彼女と過ごすための大切な日なのだから。


 「お誘いは嬉しいんですが、後に予定がありますので、、、。」


 やんわりと断りが、キノシタの誘いを断ることがあまりなかったため、キノシタも後輩たちも驚いた様子だった。


 「もしかして、例の憧れの人とやらと付き合い始めたりしたのか?」

 「はい。おかげさまで。」


 キノシタはからかうつもりでの言葉だった。周りの後輩たちもそのつもりで聞いていた。だが、白の返事は予想外のものだったため、一瞬その場には妙な静けさに包まれた。

 だがそれは、本当に一瞬の事。

 「ええぇーーー!!」という驚愕の声で研究室は溢れかえったのだ。

 

 白が学内で有名になり、人気が出ていたのは後輩皆が知っていた。だが、どんな女子生徒が告白しても、白は断っていたのも周知しており、白には「特別な彼女が別にいるのではないか。」と噂になっていた。

 だが、告白し断られた一人が、白に質問すると白は「大切な人がいる。片想いで憧れの人だけど。」と言われたというのも、大学内の女子生徒に一気に広がった。

 「白には片想いの相手がいる。」、「一途なんてかっこいい。」などと言われ、更に人気が出たのは白は知らなかった。


 「ついに、白先輩に彼女が!大学の女子は悲しむだろうなー。」

 「白先輩おめでとうございます!」

 「白さんが彼氏なんて羨ましいー。」


 と、後輩たちは口々に言い合っている。

 白は、自分が付き合うことでこんなにも騒がれると思っていなかったので驚きはしたが、祝福の言葉をもらって、思わず顔を顔が赤くなってしまっているのを自分でも感じた。


 「大学祭では、白くんの愛しの彼女が見れるかもしれないのか。楽しみにしておこう。」


 キノシタがそういうと、皆がうなずき「紹介してくださいね。」と白に声をかけていた。


 白自身は、紹介するつもりはなかったが、隠すつもりも全くなかったので、偶然会った時は話をしようと心に決めた。


 白自身、キノシタ、そして後輩たちも浮かれていたため、心花が研究室からいなくなっているのに気づかなく、気づいた頃には普段通りに彼女が部屋の端にいたのだった。









 白が自宅に着く頃には、もう日付が変わるぐらいになっていた。

 夕食をとっていない事に気づいたが、空腹よりも満たしたいものがあった。

 そのため、白はスマホを取り慣れた手つきで、彼女への通話ボタンを押す。


 彼女と電話出来るようになるまで、とても長い時間だった。

 昔からの片想いを含めたら約10年だ。告白した後もなかなか連絡先を聞けず、半年はうずうずした気持ちで過ごしていた。恋人でもないのに、連絡先を聞きづらかったし、電話で声を聞くなんて夢のような事だった。


 だが、今はそれが日常のひとつになっているのだから驚きだった。

 電話をかける時も出る時も、白はまだ緊張してしまっていた。

 最近は、寝る前に電話をかけるようになっていた。少し前までお互いに緊張していたが、しずくはだいぶ慣れてリラックスしてくれているのがわかった。この前、彼女が電話で話をしながら寝てしまった事があった。

 しずくは、朝起きたときに焦った様子で謝り続けていたが、白は内心ではとても嬉しかったのだ。

 彼女は、自分に素を見せてくれるようになったなだ。寝てしまうぐらいに気を許してくれたのだ、と。


 そんな事を、考えているとコール3回目で、「はい。」という言葉と共に彼女と電話が繋がった。


 「夜分遅くにすみません。しずくさん、寝てましたか?」

 「ううん。大丈夫だよ。明日休みだからゆっくりしてたところだし、その、、、。」

 「、、、?しずくさん?」


 何か歯切れの悪い言葉に、白は優しく問いかけるように名前を呼んだ。

 すると、一度沈黙があったが、少し音量を抑えた声が聞こえた。


 「電話待ってたから。白くんから来るの。」


 白はその言葉を頭で理解するのに、数秒かかった気がした。

 しずくがこう言った事を白に伝えるのは、あまりないことだった。恥ずかしがりやでもあるし、恋愛経験が少ないからなのか、どうも言葉にしづらいらしい。

 白は何でも思ったことを言ってしまう性格だからか、しずくの恥ずかしいという気持ちはよくわからないのが正直なところだった。だか、彼女が照れてしまうのは、時分に好意を持っているからだと思うと、こちらが照れてしまうのだ。

 それに、単純にそういったところが、可愛いとも思うのだ。


 「、、、あの、白くん?」

 

 恥ずかしい言葉を伝えた後に相手が黙ってしまったので、心配したような声を出すしずく。


 「僕はしずくさんの電話なら絶対に出たいです。極力出るようにしますし、電話貰えると僕が嬉しいので、しずくさんが電話したいと思った時に、連絡してください。」

 「、、、うん。ありがとう。」

 「待ってますね。」


 きっと、顔を赤くしているだろう彼女の姿を想像しては、白は嬉しくなった。先ほどの不意討ちの可愛い台詞で白も同じようになったのだから、おあいこだろう。


 明日の待ち合わせの場所などを話した後に、そろそろいい時間なので電話を切った方がいいかなーという雰囲気なった時だった。

 またもや、しずくが何か言いにくそうに話をしようとしていたのを、感じ取った。

 白はしずくの話しやすいタイミングがあると思い、それをじっと待っていると、軽く息を吐いたのを感じた後、「白くん。」と少し真剣な声で彼女に名前を呼ばれた。


 「あのね、大学祭が終わった後に、少し時間貰えないかな?あの、お話ししたいことがあって。」

 「はい。お食事に誘うつもりでしたし、僕は大丈夫です。ゆっくりお話しするなら、しずくさんのお部屋にいった方がいいですか?」

 「え!?えっと、私の部屋はだめ!、、、かな、、、。」


 急に焦った声を出した彼女に驚くと、しずく自身もすぐに冷静になり、「あの、落ち着いたところであれば大丈夫だよ。カフェとか、お食事のところでも。」と、返事を返した。


 「わかりました。僕も話したいことがあったので、ちょうど良かったです。場所探しておきます。」


 その後はぎくしゃくした雰囲気になってしまい、おやすみの挨拶をして電話を切った。


 「しずくさん、どうしたのだろう?」


 白は、しずくの態度や言葉に少なからず、ショックを受けていた。

 部屋に行く事を拒否したのだ。しずくの事だから何か理由があるのだろうとは思うが、今までそんなことはなかった。恥ずかしがりながらも二人きりになれる、空間を喜んでくれていたはずだった。


 それに話というのも気になった。

 前にキノシタから呼び出された時も、何か話を切り出そうとしてきたのが、白も気になってきたのだ。電話では言えない話なのかと思うと、どうも気になってしまう。


 「やっと言える報告があったんだけどな、、、。」


 白もずっと内緒にしてきたことをやっと話せる事になったのだが、それよりもしずくの話が気になってしまう。悪い話ではないと信じるしかなかった。


 明日も早くに出掛けなければいけない白だったが、今夜は眠れそうになかった。

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