中学校

 実家では金魚を飼っているのだが、水槽の上部フィルターが機能しなくなったので、新しく買う必要があった。私はどうせ暇なので、バスに乗ってホームセンターへ足を運んだ。

 難なく品物を買うことができ、帰りのバスに乗った。

 車内の前の方では年寄りが世間話をし、後ろの方では女子高生が騒いでいた。やることもないのでイヤホンで音楽を聴こうとしたが、思いのほか周囲の話し声が大きいらしく、ある程度音量を上げても入り込めなかった。

 冷房が効きすぎていて身体が冷えた。エンジン音が雑談する声に重なった。曇った空はいつもより低く感じられた。

 流れていく景色を眺めながらしばらく取り留めのない思考を続けていると、窓の向こうに中学校が見えた。乗用車では見えない柵の向こうが、バスの座席からなら見えた。部活の時間らしく、運動部の生徒がジャージ姿で様々なトレーニングをしていた。

 狭いなあと考えた。

 幾度となく思い起こされる私の青春は、こんな狭い場所で完結していたのだ。心酔も、もどかしさも、悲しみも、憧れも、なにもかもこの狭い敷地で生まれたのだ。

 三階の練習場所の教室でトランペットを両手で持ち、時折窓の外を見下ろした。テニスラケットを抱えたあの人が通ると嬉しかった。少しの間は一応恋人であった彼も、今はどこにいるのかさえわからない。メールアドレスすら消してしまった。一度は全ての希望の化身であった彼が、今となっては記憶の中の埋没しているのだ。


 新しい上部フィルターによって金魚の生活は快適になるだろう。たまには自分が役に立つこともあるのだと自己肯定感が上がったのを感じた。

 そして私は考える。一刻も早くここから脱しなければならない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る