第7話

 アリスのスキルレベルが上げ終わったら、次はレナだ。

 同じように呼び寄せるが、ソファに座らずに少し離れた所から睨んでくる。

 ほんの数日なのに、親密度が下がるのが早すぎると思う。しょうがないから親密度を上げるアイテムを使う。手元で香水のような小さな瓶がかき消えると、レナが隣に座って抱き着いてくる。

 革鎧を着ていないレナは華奢という言葉が似合うくらい小さくて、肩に手を回しても腕の長さが余るくらいだ。向こうから抱き着かれると一周回って手の先が自分に届いてしまう。


 レナのスキル上げに必要なアイテムは「境界の秘石きょうかいのひせき」。アイテムの説明には「夢と現を繋げる力」となっている。やっぱり意味が分からない。

 このゲームのアイテムの、このふわっとした説明はなんだろうか。不思議なパワーですごいことになっちゃうよという理由になってない説明が多いような気がする。

 もっとも、スキル上げだとか親密度だとか、科学的に説明しろと言われても無理だろうし、しょうがないのだろうけど。


 このアイテムを使って上げるレナのスキルは「繋ぐ者」。レナについてはネットに情報が上がっていないので、スキルを上げてもどんな効果があるのかは不明だ。ただ、俺は手持ちの女性キャラはレベルとスキルだけは最大まで上げることにしている。


 その先の武具の強化は物凄く時間が掛かるので、主力メンバーだけだ。アヴァロンは武具強化で鎧が立派になって盾も大きくなった。盾役として素晴らしい強化だ。

 一方、ヤセのように防具はまったく変わらず振り回している棺が重くなっただけ、というキャラもいる。

 アリアドネに至っては、ネックレスなんかの装飾品が豪華になっただけだった。それは武具なのかと問い詰めたい。そして胸元のネックレスを検分するためには至近距離で調べる必要があるだろう。じっくりと。


 取り出した「境界の秘石きょうかいのひせき」が手の中で砕け散り、レナのスキルが一つ一つ上がってゆく。全て使い終えたときには、予定通りスキルレベルは最大まで上がっていた。

 と、レナが急に抱き着くのを止めて体を離す。


「な、なに? なにがどうなってるのよ」


 なんか急に話し出した。

 他のキャラも話しはするが、ガチャの登場シーンとか、戦闘中の指示への反応とか、話すタイミングは割りと決まっている。ただ、全部のキャラが戦闘中に話すわけでもないし、戦闘後のリザルトの場面でも、会話より酒とばかりに瓢箪を煽るヤセみたいなのも居る。


 だからこそ、レナが戦闘後も話さずに睨みつけてくるだけであっても、そういうものだと思っていた。

 それがスキルレベルが最大になったタイミングで言葉を発した。

 俺の覚えている限りでは、スキルレベルを上げたことでセリフがあるキャラはいないはずだった。ネットに情報がないことに加えて、やはりレナはいろいろ変だ。

 そんなことを考えながら、話すレナを眺めていたら、話の向きが変わってきた。


「ああっ、もうっ。なんで私が戦わなきゃいけないのよ。プレイヤーは指示を出すだけでしょう。戦うならあなたが戦いなさいよ。大体なんで女性キャラばっかりなのよ。私のマリスはどこ行ったのよ」


 早口で捲し立てるレナの言葉が不穏だ。

 マリスは数回前のピックアップで出て来た騎士キャラで、細面で背が高く女性プレイヤーに人気があったはずだが、俺は持っていない。男性キャラを引くために課金しようとは思わなかったからだ。

 それは置いておいても、キャラとかプレイヤーとか、メタ発言が出て来るとは思わなかった。キャラがメタ発言するのは世界観を壊しがちなので、あまり好きではないんだが。


「そもそも家具も配置も違うじゃない。あの家具を用意するためにどれだけアイテムを集めたと思っているのよ。何か月掛かったと思ってるのよ。それを勝手に変更して、ちゃんと元の家具は残ってるんでしょうね」


 メタ発言どころか、妄想まで流し始めた。

 確かに家具もアイテムを集めて錬金室で作る必要はある。この部屋にあるソファだって魔獣の革やバネ人形の破片を集めて作ったもので、それなりに時間は掛かっている。しかし、このマイハウスは俺のマイハウスであって、レナの物ではない。そこは間違わないで欲しいものだ。


 レナが延々と妄想を垂れ流している間も、他のキャラ達はにこにことランダム行動を取るばかりで、部屋はかなりシュールな状況になっている。

 なにしろ、レナ一人が騒いで、他は全員が無反応なのだ。リアルなら控え目に言って「空気読め」だし、第三者が見たらイジメにも見えかねない。


 何か、レナの言葉を止める方法はないかと考えて、メニューからアイテムを選択する。

 手元で香水のような小さな瓶がかき消えると、やっとレナが静かになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る