モテるための賢いやり方?

沖野 深津

頭のおかしい対策

第1話

 公立龍泉第二高等学校。


 背後に小高い丘のような山を臨むこの学校は、反対側の窓を見れば遠くに海が垣間見えるという、比較的自然あふれる場所に建てられている。逆に言うとそれくらいしか説明のしどころがない、地方都市のいち高校だ。さして名門なわけでもなく、伝統がある訳でもない。かといって新築かと言われても頷くことのできない、本当にごくごくありふれた公立高校だ。……まあ強いてあげるなら、ちょっと名前が変わっていることくらいか。


 そんな可もなく不可もない高校だから、生徒は基本地元の子供たちしかいない。オレ……茅賀根成一かやがねなるひとも、そんなごくありふれた学生の一人である。

「なあ、成一。俺の鞄からマンガの続きとってくれね?」

 季節は春から夏に変わろうとしている六月。二年生であるオレたちは、一年生のような高校に上がってすぐの高揚感もなければ、三年生のような受験への恐怖も……まあ今のところ一切ない。横でだらしなく椅子を並べた上に寝そべって少年漫画を読む少しふっくらした少年、立川祐樹たちかわゆうきも、同様である。


「自分で取れよそれくらい……」

 オレはそう愚痴をこぼしつつも、近場に置いてあった彼の鞄を覗き込んだ。その後眉を顰める。

「……半分くらいマンガじゃねえか。学校を何だと思ってるんだよお前は」

「なるちゃーん。は、や、くぅーん」

「キモイ、減点五十」

「出たよお得意の減点。一体今幾つくらいのマイナスなのか見当もつかねーわ」

 オレはやれやれとため息をつきながら、二桁にのろうかという量の漫画を引っ掴むと、寝そべる祐樹の腹の上に勢いよく落とした。「ぶぺらっ」と彼は意味の分からない汚いうめき声を漏らす。


「祐樹よ。もう少し綺麗な声を出すのじゃ。耳が腐る」


 祐樹のうめきに反応を示したのは、窓際に佇みながら本を読んでいる細身の少年、嵐山半助あらしやまはんすけだった。

 やや珍しい……どころか現代日本においてまず学生が発しないであろう語尾を多用する彼も、オレや祐樹と同じく二年生。そして、この三人は小学生からの腐れ縁であった。


「なんだよござる。そんな窓際なんかに佇みやがって、カッコいいとでも思ってんのか?」

「格好いいでござろう?」

「お……おう、そうか。そ、そうだよな」

 堂々と言い切った半助に、逆に祐樹の方がたじろぐ。彼がこんな中二病患者みたいなことを言い張るのは今更だろう、と横目で見ていたオレは小さくため息をついた。



「……で? サブさんはまだ来てないのか?」

 部屋の中を一瞥してもオレのを含め三人分の鞄しか見当たらないことに気が付き、オレはそう問いかける。すると祐樹が上半身を起き上がらせて、近場に置いてある机に漫画を置き直しながら答えた。

「まだ来てないぞ。少なくとも俺はホームルーム終わってすぐ部室に来たけど、まだ見てない」

「拙者もでござる」

 半助も祐樹の言葉に頷きつつ言葉を重ねる。その答えにオレは「ふうん」と気のない呟きをこぼしながら、普段の定位置に鞄を下ろした。


「珍しいな。この時間でもサブさんがいないなんて」

 ちらりと時計を確認すると、ホームルームが終わってから優に一時間くらいは経過していた。いつもならホームルームを本当に受けたのかすら怪しいタイミングにはいるというのに、今日に限っては掃除当番で掃除をしていた上他の友人たちと話し込んでいたオレよりも遅い。一体何があったのだろう。


「……まあ、よくわからないけど。そういうこともたまにはあるか」

 結局それ以上はさして気にせず、オレは机に就くと本日出た宿題を取り出した。この意味の分からない部活なのか同好会なのか、その時間をオレはもっぱら宿題をこなすことに当てていた。

 ちなみに部名は『青春活動部』。

 活動内容は、学生時代にしかできないことを模索し追求すること……らしいが。意味不明なうえにそんな活動をした覚えもない。けれど何故か存在しているのだから、不思議なものである。


「……あーユリコちゃんおにかわですわぁ。こんな子ときゃっきゃうふふしたいの」

 不意に、漫画を読み進めていた祐樹がため息混じりにそうつぶやいた。

「俺ら青春活動部だろー? こんな野郎所帯じゃなくて、俺もきゃわいい女の子と青春を謳歌したいんだが」

「……出会いがないのだから、仕方なかろう」

 取り留めもない祐樹の言葉に、達観した様子で半助が答えた。それに対し、祐樹は何かに当たるように、漫画から片手を離し空中でぶんぶんと振った。憎き現実世界にでも対抗しているのだろうか。


「そーなんだよなー。リアルの女の子とか、夢物語かっての」

「いや普通に同じ教室内で一緒に勉強してるだろ」

「話せないからカウントに入りませーん」

「然り。姿があっても会話が出来なければ、それは幻影に等しいのだよ、成一氏」

「……あ、そう」

 めんどくせえなこいつら……と内心思いつつ、オレは適当に相槌を返し、視線を配られたプリントへと落とした。


「あーあ。なーんかぽっと美少女が出てきて癒しを提供してくれねーかなー」


 ずり落ちない程度の範囲で、祐樹がゴロゴロと寝相を変える。まあオレとしても女子といちゃいちゃどころか会話もしない身であるからして、その願いは大いにわかるのだが。……ただこれは見苦しいことこの上ない。




「話は聞かせてもらったぞ!」




 直後。不意に教室のドアが勢いよく開かれたかと思うと、一人の学生が部屋に入ってきた。スラリと背の高いその学生は、端正な顔につけたシャープな眼鏡をくいと押し上げる。

 パッと見の印象は、知的な二枚目といった感じの青年。彼はそのままスタスタと我が物顔で教室の中を横断し始めた。

「諸君、遅くなって済まなかったな」

 やがて今は使われていない教壇の横へと立つと、さわやかなボイスでそう口にした。


 彼の名前は陽総院神三郎ようそういんじんさぶろう。日本全国どころか、海外にまで名を轟かせる陽総院財閥のご子息だ。

 本来こんな辺鄙な学校にいていい人物ではないのだが、何故か彼は此処に三年生として通っている。なんなら、オレたちは小学生の頃から一つ上の先輩として一緒に過ごしている。オレたちは彼のことをサブさんと呼んでいた。彼も、このよくわからない部活のメンバーであり、部の創立者でもある。

 ……これだけの情報だけでも、彼の風変わりなところが垣間見えると思う。


「サブさん、遅かったね」

 オレがプリントから顔を上げると、神三郎は意味もなく眼鏡の位置を直す。

「ふ。少々準備をしていてな。俺としたことがこのような時間までかかってしまったわ」

「準備?」

「そう、準備だ」

 オレがオウム返しに問いかけると、彼も自信たっぷりと言った様子でさらに言葉を重ねてきた。「それは分かったから」と喉元まで出かかったのは内緒だ。

 神三郎はバンと教壇を叩くと、反対の腕を大きく広げた。



「諸君! 諸君らはこの栄えある『青春活動部』の部員である。なのに、その実情は何と悲惨なことか。誰一人として彼女を作ることもできず、それ以前に女子と仲良く会話することすら叶わない。俺はこの部活の部長として、この事態を憂慮している!」



「……なんか勝手に語りだしたぞ」

「黙ってろって。ここで変に話の腰を折ったら、拗ねてまた面倒くさくなるんだから」

 神三郎が熱弁を語る間に、祐樹がこちらを振り返って至極ドライなことを言い出した。オレは後々のことを考えて、口を閉ざすよう人差し指を口元に押し当てた。


「そこでだ諸君! 俺はある妙案を考え付いた」

 オレたちの言葉が届いたのか否か。若干必死さが増した様子で、神三郎はもう一度教壇を叩いた。


「俺たちが何故女子と話が出来ないのか……。それは、彼女たちのことを知らないからであろうと、俺は考えた。孫子曰く、彼を知り己を知れば百戦危うからず。普段ならば、自己研鑽のための言葉として多用される格言だ。だが逆に言うと、いくら己を知ったところで、敵の情報がなければ戦えないということでもある。当然な。そこでオレの一案は、その敵を知るというところにフォーカスした。それは――」

 とそこで神三郎は広げていた手を、ぐっと内側へと折りたたんだ。


 その後の流れは、なんとなく想像できる。彼は腐っても大財閥の御曹司だ。恐らく女心をよく知るインストラクターのようなものを雇い入れたりしたのだと思う。彼の手にかかれば、世界中どんな著名人も呼び寄せることが出来るだろう。そして多分内側に折りたたんだ腕を広げながら、声高らかに主張するのだ。

 我らが最高の軍師を連れてきたぞ、的な。

 そう思ったのだが。




「それは……俺たちが敵に――女子になってみることだ!」




 直後、その場のすべての動きが止まった。

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