不自由の中での自由。そして復職へ
ついにこの日がやってくる。休職から約1年と2ヵ月。職場への復帰だ。一言で今の気持ちを表せと言われたら、感慨深い、である。皮膚筋炎という難病を発症してからの約1年。月並みだが、長いようで短いような、過ぎてしまえばあっという間であった。
大病を患うと人生観が変わるというが、私も例に漏れることなく、色々な価値観が変わった。生きているとごくまれにだが、自分の価値観が飛躍的に変化することがある。19歳の春、バングラディッシュへ一人旅し、私は自分が現代の日本に生まれたことが、とてつもないラッキーであったのだと知った。自らの意思ひとつではどうしようもない貧困の中で生きていく、という現実を目の当たりにしたとき、私は己の環境を振り返り、前へ前へと人生を開拓するのだと、そうする義務があるのだと思った。選択肢があるという状況を活かしていきていく。力いっぱい生きていくのが責務だと感じた。
バングラディッシュは第三国であり、世界で最も貧しい国のひとつである。衣食住のレベルも教育レベルも、とてつもなく低い。道端で、汚れ切った服を身にまとった母子が、レンガをレンガで割っている。子供はどうみても、5歳以下にしか見えない。レンガ割りで何かしらの賃金を得ているのだろうが、帰る家はあるのかと思うほど貧しく見え、二人の瞳に生気はなかった。両足のない浮浪者が、朝方住宅の前をごろごろと転がり物乞いをする。住民は慣れっこなのか、何もしない。そういう人達が、現実に存在し生きている。彼らは自分の意思では、あの状況から脱することはほぼ不可能であろう。国連の援助の手が、ユニセフの寄付金が、彼らの手に届くとは到底思えない。
下記に一昔前に話題になった、「世界がもし100人の村だったら」の抜粋を添付します。
村に住む人びとの100人のうち
すべての富のうち
6人が59%をもっていて
みんなアメリカ合衆国の人です
74人が39%を
20人が、たったの2%を分けあっています
すべてのエネルギーのうち
20人が80%を使い
80人が20%を分けあっています
75人は食べ物の蓄えがあり
雨露をしのぐところがあります
でも、あとの25人はそうではありません
17人は、きれいで安全な水を飲めません
私、そしてこの文章を読んでいる人々も、確実に富があり、エネルギーを使い、食べ物を蓄えている側です。これは生まれた土地と時代によってほぼ決まるため、私は現代の日本に生まれて幸運だと知りました。その幸運を活かし、私は自分の人生を自分で切り開いき、そして自分の価値を社会へ還元することを目標に、40歳まで生きてきました。
ところが難病発症によって、この私の人生観は突然強制的に崩されました。
自分一人で歩くことも風呂に入ることもできない人間が、何を成し遂げられるというのか。三食上げ膳据え膳、布団の上げ下げもしてもらい、車いすを押してもらう。病気の症状として筋力が破壊され、治療のための投薬の副作用で体のあらゆるところに不調が発症し、誰かの助けなしには生きていけない身となりました。私はそれまで、いわゆるバリキャリの道を歩んでいました。アメリカで仕事をし、病気の夫を支え一家の大黒柱となり、大変でしたがそれを上回る自負がありました。私はこれだけやれるんだ。私は自由なのだ。だから頑張って、私の人生を高めるのだ! それがたった数日を境に、完全介護を受ける身となったのです。
この転落ぶりに戸惑い、自分や世界がわからなくなりました。現実を受け入れることが出来ませんでした。卑屈になり、他者を恨みました。腹の底から沸き上がる怒りに、ろくに握ることもできない拳を布団に叩きつけました。ふいに襲ってくる焦燥感に、涙と鼻水を垂れ流し歯を食いしばりました。
しかし、家族・友人・医療関係者、いろいろな人が力になってくれ、支え続けてくれ、私は復活したのです。
人生観が変わりました。具体的には何が変わったのでしょう。それは感謝の心だと思います。人の優しさや忍耐力。日々のあたりまえの生活。ありきたりですが、そういうことにより感謝するようになりました。そして、苦行ともいえるこの病気を経験してもダークサイドに落ちなかった自分に拍手を送るぞ! という気持ちにもなっています。かわいそうな自分を見つけてしまうと、人は簡単に悪い意味での自己愛の暗闇に落ちます。それは心地よいからです。何が起きても他人のせい。こんな私はかわいそうと、悲劇のヒロインになって陶酔します。それはとても楽で居心地のよいものです。しかし私はその穴には落ちませんでした。周りの人へ感謝することと、自分の努力を正当に評価することによって、健全な道へ戻ってきました。
病状は劇的に回復し、職場復帰も目前です。
あけない夜はない、と簡単には言いません。再び日の出を見ることもない人生もあります。しかし物事をどうとらえ、どう活かしていくかは、自分自身で決められることです。頭をフル回転し、どう生きていくかを選ぶのは私です。これが「自由」の一つの形です。
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