第22話「違う香りと涙と」
22話「違う香りと涙と」
世界がまわっている。そして、地面がゆっくりとブランコに乗っているかのように、ゆらゆらと揺れていた。
ブランコに乗っているのならば、気持ちがいいはずなのに、しずくはすごく気分が悪かった。
目を開けると、視界がぐるりと回るにすぐに酔ってしまうので、ずっと目を瞑ったままだった。
(うー気持ち悪いなぁー・・・。)
声には出さないが、しずくはずっとそれだけを考えている。
それ以外を考えられないのだ。
だけれど、今はその方が良かったのだ、と思う。
最近は、ずっと彼の事ばかり考えてしまっていたのだから。
「雨ちゃん、大丈夫?」
耳元で優しく自分を呼ぶ声が聞こえた。
しずくを「雨ちゃん」と呼ぶのは1人しかいない。
自分はしばらく眠っていたようだと思いながら、しずくはゆっくりと目を開けた。少し体を休めていたのだろうか。視界が揺らぐ事はなかった。
「あ、、、光哉くん・・・。」
「大丈夫?大分酔ってたみたいだね。」
「ごめんなさい・・・ここは、私の家・・?」
周りを見渡すと、見慣れた景色だった。
ベットからは、いつも眺めているスターチスの宝石もある。部屋中は、探し物をしていたままで散らかっている。しずくの部屋で間違えなかった。
「悪いとは思ったんだけど、鍵を借りて部屋に入らせてもらったよ。その、俺の部屋よりはいいと思って。」
きっと光哉はしずくが酔ってしまい、そのままタクシーで移動し、担いで部屋まで連れてきてくれたのだろう。
30歳過ぎのいい大人が酔い潰れてしまうなんて・・・。しずくは、自分の失態を恥ながら「光哉くん、ごめんなさい。」と謝罪をした。
光哉との食事で大分飲みすぎてしまったようで、まだ頭がボーっとするとが、しずくはゆっくりとベットから起き上がった。
気持ち悪さはほとんどなくなっていた。
「雨ちゃんはお酒弱かったんだね。」
「そんな事はなかったんだけど。久しぶりだから、かな。」
「いろいろ疲れていたんだよ。」
光哉は苦い表情を見せながらそう言った。
しずくが話した事を指しているのだろう。ずっと白の記憶を追い、彼を探して待っている事を。
返事をせずに、しずくが考え込んでいるのに気づくと、光哉は気を使って他の話題を振ってきてくれた。
「雨ちゃんらしいお部屋だね。アニメ好きって言っていたし、それに本もたくさんある。このピンクの花とか飾ってあるの、やっぱり女の子の部屋って感じがするね。」
今まで、自分で花を買い部屋に飾る事はほとんどなかった。
もらったものを飾る事はあっても、花屋さんに行く事は用事がない限り行く事はなかった。
だが、彼からスターチスの花をもらうようになって、少しだけそれは変わっていた。
自宅近くの小さなな花屋さんにスターチスのピンクの花が置いてあるのをある日見つけたのだ。その花に惹かれるように、しずくは花屋に近づき、懐かしい花をじっと見つめていたのだろう。
お店の人に声を掛けられて、その花を数本購入して帰ったのだった。
彼からもらった花ではなく、見るたびに悲しくなる事もあった。けれども、同時に懐かしくて彼の恥かしそうにはにかみながらこの花を自分に渡してくれた顔を思い出す事もある。
花を見て、笑顔になったり悲しくなったする。
気持ちが彼を思って変化する。
それだけで、しずくは嬉しかった。彼に会えない日々をこの花で補おうとしていたのかもしれない。
光哉の言葉で、電気の光を浴びて華やかなピンク色を見せるスターチスの花を見つめてしまった。
「そんな顔をするなんて・・・。」
独り言のように呟く光哉の声が聞こえた。
自分が花を見るときにどんな表情をしていたのかなんて、全くわかるはずもなかった。「どんな顔してた?」と聞こうと、しずくは思った。
だが、その言葉は発する事が出来なかった。
「っ・・・。」
言葉は光哉の唇で塞がれていた。
気づくと、目の前が暗くなり、体はほのかに温かさを感じられた。
それは、光哉のキスをされ、彼の体がしずくに触れていたからだとわかるのに、しばらくかかった。
しずくが、体を強張られるのを感じると、光哉は触れるのを止めるどころか、強く唇を奪い始めた。
彼の体温とくちびるのぬるりとした感触、そして微かに感じる苦味のあるたばこの香りを感じたまま、しずくはただ目を瞑っている事しか出来なかった。
光哉がベットに手を置き、体重をかけたのだろうか。ギシリとベットが軋み音を上げた。
すると、その音を聞いたからビクリと体を揺らし、そのままゆっくりとしずくから離れた。
片手でしずくの頬を包むように触れ、光哉は苦しそうな顔を見せていた。
彼の綺麗な顔をこんなに近くで見るのは初めてのはずなのに、何故かぼやけてよく見えなかった。
「雨ちゃん、泣いてるね。」
「え・・・。」
そう言われて、自分が泣いている事にしずくは初めて知った。
頬を次々と温かい感触が伝い、落ちていっている。
「俺とするのは嫌だった?」
そう問われて、しずくは自分の鈍くなっている頭で考えた。
本当に嫌だったら、きっと抵抗し彼を押していたのだろう。だけれども、彼に体に手を伸ばすことも出来ず、ただ目を瞑っていて時の流れにまかせるだけだった。
そして流れる涙の意味は、しずくがよくわかっていた。考えるのはひとつだけだから。
「白がいい。・・・白がいいの・・・。」
しずくは震える声でそう言うと、顔を両手で多い泣いた。
白ではない他の人とのキスで、昔を思い出せない彼が好きだと気づいた。
もう会えない白。
今更気づいても遅いだろう彼が好きだと。
白が大好き。
また、笑った彼に会いたい。
「雨ちゃん。ごめんね。」
そう言いながら、光哉はゆっくりと優しく頭を撫でてくれる。
謝らなければいけないのは、自分なのに。そう思いながらも、しずくはその優しいぬくもりに甘えて、ただただ泣いていた。
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