孤島の十三秒

エリー.ファー

孤島の十三秒

  間もなく、船が出るそうだ。

 分かってはいるが。

 生まれてから居続けた、この島から出るのも間もなくである。

 悲しくはない。

 悲しさなど、金庫にの中に入れて、そのまま引っ越しをするための荷物の中に入れている。

 手元にはあるが決して、それらが日の目を見ることはない。それが宝物、もしくは心の動きというものだろう。大事にしていきたいし、結果としてそれが大事にしているものになる、ということでもある。

 感情を抱えて生きていくのは苦痛なのに、それでも手放せないのは、そこに意味を持たせたからだろう。

 僕は、そんなことを考える。

 哲学に足先を噛まれて、そのまま躓くほど悩むことはないが。

 十二分十六秒前。

 間もなく船が出航する。

「実は、あたし、好きだったんだよね。君のこと。本当だよ。本当に、大好きだったんだよ。何度も何度も言おうとしたけど、ほら、こうやってこの島から出ていくでしょ。そういうの知ってから、ようやく勇気が出たんだよね。言おうと思っていた正直な気持ち、だよ。でも、島から出てもこの関係が続くのは難しいと思うの。だから、その、好きだから、さ。心でこれからも繋がっていられたらとっても満足だから。お願い。これからも大好きでいさせてください。今までありがとう。本当にありがとう。」

 彼女は清掃委員長だ。

 同じ中学校の、同級生で、同じクラスだ。

 島の学校だから人数も限りなく少ないし、当然、そういうことになるのだけれど。

 だからなのか。

 島という限られた空間内での情報の流れがそこで確固たる形で、目に見えてしまっているからなのか。

 僕は知っている。

 清掃委員長は、島から出る年齢の近い男子、みんなに、こうやって告白をする。

 清掃委員長の両親は島の地主だからこの島から出ることができない。

 だからこうやって、大好きだよ、とか平気な顔をして口走ることで、自分を一生忘れさせないように、とする。

 人の記憶の中に自分を住まわせようとする。

 出港まで。

 七分五十九秒。

「あの子、来たでしょ。知らないから言っておくけど。あの子、この島から出ていく人、みんなに言ってるからね。そうやってたぶらかしてるんだよ。悪い子だよね。マジになっちゃ駄目だからね。ああいう子なんだから。」

 この子は、学級委員長だ。

 僕は知っている。

 清掃委員長が告白してきた後には、こうやって学級委員長が勘違いをしている男子に現実を知らせに来ることを。

 学級委員長は、おそらく親切心でそうやっているのだと思う。

 それは当然だ。

 そのまま勘違いでもして、島の外から清掃委員長と話がしたくて電話をかけてくる元島民がいたら、不憫だろう。もう、清掃委員長はある程度のドラマをこなして、気分的にはすっきりしているのだから、そんな電話に出る訳もない。

 やるだけ、無駄だから。

 こういうもんだから。

 あの子の性格知ってるでしょ。

 そういうことを教えてくれる。

 僕は静かにうなずき。

 そのまま船の上から港を見下ろしていた。

 間もなく船が出る。

 間もなくだ。

 そして。

 僕は知っている。

 最後に、もう一度あの清掃委員長がやって来るのだ。

 いつも、この島から人が出る時は、そうやって三度話すことになる。

 一度目が告白。

 二度目が現実。

 三度目が謝罪だ。

 間もなく、あの清掃委員長がやって来て。

 さっきの告白は嘘です、ごめんなさい。

 と言いに来る。

 毎回告白をしては、毎回、学級委員長に、嘘なら、ただ気を引きたいだけなら、やめなさい、と謝りに行かせられているのだと思う。

 僕は時計を見つめている。

 出港まで。

 残り。

 五分四十八秒。

 三分十九秒。

 三分二秒。

 二分四十秒。

 二分三十二秒。

 二分十一秒。

 一分一秒。

 四十八秒。

 僕は。

 僕は何度も何度も港を見つめる。

 人を見つめる。

 顔を。

 表情を探す。

 清掃委員長が泣いている。

 学級委員長が渋い顔をして、こちらを見つめ、目が合ったとたんに顔を下げてしまう。

 残ったのは。

 時計を見つめる。

 出港までの残り数秒。

 おそらく、僕の人生で迎える最後の時間。

 孤島の十三秒。

 

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