第185話 忍び寄る足音

 音が聞こえる。

 人を呼ぶ音だ。

 だが、自分を呼ぶ音ではない。

 その音はしばらく鳴っていたが、相手が応じないと分かると、やがて止んだ。


 ・・・・・


 また音が聞こえる。

 先ほどと同じ音だ。

 今度も自分を呼ぶ音ではない。

 その音はしばらく鳴り続けた。

 呼ばれている相手は、再び応じないようだ。

 少し気になって、周囲を見回す。

 しかし、反応を見せる人間はいない。

 やがて、前回よりも長めに鳴っていた音が止んだ。

 自分の責任ではないのだが、少し申し訳なく感じる。


 ・・・・・


 三度、音が聞こえる。

 さすがに気になって、音が鳴ると同時に、その方向を見る。

 同じように感じた人間がいたのだろう。

 自分の他にも、音を気にしてる人間がいる。

 その人物は音に近づくが、当人ではないのだろう。

 反応してよいかどうか、迷っているようだ。

 その間に音が途切れた。

 気まずい雰囲気が流れるが、どうしようもない。


 ・・・・・ガタガタガタッ!


 地震か。

 そう思うが自分の身体に揺れは感じない。

 音の発信源だけが揺れている。


 ガタガタガタッ!


 定期的に揺れては止まり、揺れては止まりを繰り返している。

 まるで背後から忍び寄ってくるかのような、不気味さを感じる。

 応じない相手に焦れて、音の主が迫って来ているかのようだ。


 ガタガタガタッ!


 恐怖を煽るかのように、揺れが繰り返される。

 緊張が頂点に達しかけたとき、ようやく揺れが止まる。

 ダメだ。

 これ以上は耐えられそうにない。

 追いつめられるように口を開く。


「あの・・・・・その携帯電話の持ち主、いないんでしょうか?」


 さっきから、うるさくてしょうがない。


☆★☆★☆★☆★☆★


 冒険者(サラリーマン)には、様々な役割がある。


 ギルド(会社)に籠り、クエスト(お仕事)を行う者。

 ダンジョン(客先)へ行き、クエスト(お仕事)を行う者。

 各地を飛び回り、クエスト(お仕事)を行う者。


 どれが重要というわけではない。

 役割の違いだ。

 その中で、各地を飛び回る役割の者には、連絡を取るための道具がギルド(会社)から支給される。


「すみません。忘れていったみたいで」


 どうも、その連絡を取るための道具を、この場に置き忘れたらしい。

 先ほどから騒音をまき散らしいていることについて、隣のグループの人間が謝罪してくる。

 しかし、別にこの人物が悪いわけではない。

 悪いのは忘れていった人物だ。


「そうですか。先ほどから鳴り続けているので、気になってしまって」


 正直、うるさいのだが、単刀直入に言って人間関係を悪くするのは避けたい。

 遠まわしに伝えてみる。


「マナーモードにしたんですけど、けっこう響きますね」


 こちらの伝えたいことは理解しているらしい。

 その対策も取ったようなのだが、効果は出ていないようだ。


「代わりに出るわけにはいかないんですか?」


 これだけ頻繁に連絡を取ろうとしているのだ。

 もしかしたら、至急の用事なのかも知れない。

 それとなく、そう言ってみるのだが、反応は芳しくない。


「この人にかかっている要件は、本人でないと対応できないものばかりで」


 チームプレイが重要である冒険者(サラリーマン)が、そんなことでいいのかとも思うが、隣のグループのことだ。

 それを指摘するのは、差し出がましいだろう。

 別の方向から攻めてみることにする。


「電源を切っておくわけにはいきませんか?」


 それならば、騒音をまき散らすこともないだろう。

 そう思ったのだが、それはそれで問題があるようだ。


「誰からかかってきたか、着信履歴がないと怒るんですよ」


 どうやら忘れていった当人は、なかなか気難しいらしい。

 しかし、グループ外にも被害が出ている以上、なんらかの対策はしてもらわないと困る。


「最近のスマホは、圏外の着信がショートメッセージで入りませんでしたっけ?」

「この機種、対応していないんですよ」

「・・・・・」

「・・・・・」


 申し訳ないとは思っているのだろう。

 気まずそうに、こちらを見てくる。


「・・・・・充電が切れていたことにしませんか?」


 もう、ぶっちゃけてみた。


「・・・・・そうですね。充電器を繋げておけば、電源が切れてから充電したように見えなくもないですし」


 目の前の人物も乗ってきた。

 なかなか話の分かる人物のようだ。


 こうして、多くの人間に被害を与えた騒音は消え去り、辺りに平穏が訪れたのだった。

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