第150話 ブラックホール

 ブラックホール。


 一度くらいは聞いたことがあるだろう。

 昔はSFの題材にされることもあった。

 宇宙に存在し、あらゆるものを引き寄せ、吸い込んでしまう。

 SFなどでは、ホワイトホールなどといって出口が描かれることもあるが、実際にはそれは無いそうだ。


 今、そのブラックホールが、自分の目の前に存在していた。


 そんなことを言うと、いったいどこにいるのだと言われそうだが、宇宙ではない。

 地球上だ。

 一介の冒険者(サラリーマン)に過ぎない自分が、宇宙などに行くはずがない。


 そもそも、ブラックホールとはなにか?


 あらゆるものを引き寄せ、吸い込んでしまう。

 だから、観測するのも一苦労で、科学の発展していない頃は、謎とされてきた。

 だが、科学が発展してきた現代では、その正体も判明している。

 あらゆるものを引き寄せる。

 つまり、重力の塊だ。


「くっ!引き寄せられる!」


 目の前にある黒い塊に、魂ごと吸い込まれそうになる。

 直径は30センチほどだろうか。

 小型のブラックホールだ。

 だが、その引き寄せる力の強さは本物だ。


「だ、駄目だ!」


 分かってはいるのに、逆らうことができない。

 一度、引き寄せられてしまえば、後戻りはできない。

 なのに、一歩、二歩と、じわじわと引き寄せられていく。


「うぅ・・・」


 そもそも、なぜこんなところに、ブラックホールが。

 つい、この前までは無かったはずだ。

 それが、今日、ここを訪れたら、あった。

 運命。

 言ってしまえば、それなのだろう。

 ここに足を踏み入れてしまったのが、運命なのだ。


 先ほどから、ずっと耐え続けてきた。

 しかし、それももう限界だ。

 避けられない距離にまで、吸い寄せられてしまった。


「くそぅ・・・」


 ついに、身体の一部が黒い塊に触れた。


☆★☆★☆★☆★☆★


「それで、買っちゃったってわけ?」

「だって、黒かったんだぞ。買うしかないだろう」


 自宅に戻った後、プチデビル(女子高生)を召喚した。


「別に買うなとは言わないけど、小玉でいいじゃない」

「小玉は黒くなかったんだ」


 衝動的な行動だった。

 だが、後悔も反省もしていない。

 誰だって、同じ行動をするはずだ。


「そんなに違うの?」

「当たり前だろう。糖度が全く違う」


 いや、そうか。

 食べたことがないのか。

 ならば、知らないのも無理はない。


「なんか、ムカッとする視線を向けられている気がするけど」


 哀れみの視線に気づかれたのか、そんなことを言ってくる。


「それで値段は?」


 ふいっ。


「ちょっと、お兄ちゃん。なんで目を逸らすの」

「糖度が高いんだ」

「値段も高いのね?」


 糖度が高くなれば、値段も高くなる。

 真理だ。

 なにも不思議なことはない。


「・・・・いい諺を教えてやろう」

「いくらしたの?誤魔化されないからね」


 大人の世界には便利な言葉がある。


「自分へのご褒美」

「もう、無駄遣いしちゃ駄目じゃない」


 むぅ。

 母親に言われているような気分だ。

 それか、お小遣いを管理されている父親。


「まあ、いいけどね。わたしにも、お裾分けしてもらえるみたいだし」

「さすがに一人では食べきれなくてな。しばらく食事はこれになるところだった。分類上は野菜だから、いいかとも思ったんだけど・・・」

「また、夏バテで倒れるよ」


 この間、お世話になったばかりだ。

 その礼も兼ねている。


「そう思って、呼んだんだ」


 ダンッ!と勢いよく真っ二つにする。

 そして、ザクザクと切り分けていく。

 黒い皮に包まれた赤い果肉が鮮やかだ。


「ほら、食え」

「見た目は、普通のものと変わらないみたいだけど」


 シャク!


「あ、甘い♪」


 シャクシャクと、赤い果肉が瞬く間に消えていく。


「やっぱり、夏はスイカだな」


 黒皮スイカは特に甘い。

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