第145話 黄衣の王

「くっ・・・」


 油断した。

 最近、モンスター(お客様)との戦闘(打ち合わせ)が激化していたのは確かだ。

 新たなクエスト(お仕事)が始まり、余裕がなかったことも理由だろう。

 それでも本来なら、冒険者(サラリーマン)である以上、自分の身体を常に最適な状態にするのは義務のようなものだ。

 それを忘れたわけではなかった。


 だが、フィールドダメージ(夏の暑さ)とモンスター(お客様)からの攻撃(無茶振り)に、目先の回復を優先しがちだった。

 じわじわと低下していく体力に気づかなかった。

 それが一定量を超えたとき、ついに症状として表れた。


「身体が・・・動かない・・・」


 重い身体を引きずり、なんとか自宅までは辿り着いた。

 今日が週末だというのも、幸運だった。

 とりあえず、時間は稼げる。

 だが、根本解決にはなっていない。

 気が遠くなる感覚に、命の危険を感じる。


「せめて・・・メッセージを・・・」


 ダイイングメッセージのごとく、震える指で自らの意志を残す。


「気づいてくれ・・・」


 人事は尽くした。

 あとは天命を待つだけだ。


 ・・・・・


 どれほど時間が経っただろうか。

 時間の間隔が曖昧だ。


 ガチャッ!


 それでも大きな物音に意識を取り戻す。


「お兄ちゃん、大丈夫!」


★プチデビル(女子高生)×1が現れた★


☆★☆★☆★☆★☆★


 1時間ほど経過しただろうか。

 メッセージに気づいたプチデビル(女子高生)によって、なんとか一命を取りとめることができた。

 危ないところだった。


「お兄ちゃんってバカなの?バカだよね?」


 辛辣な言葉を向けてくるが、反論できない。


「だって・・・最近、暑かったし」


 言い訳になっていないことを悟りつつ、それだけ言うのがせいぜいだ。


「だから、喉ごしのいいものを食べるのは分かるよ?でも、色々あるでしょ?そうめんとか」

「いや、あれ、茹でるの暑いし」

「コンビニでだって買えるじゃない!」


 それは確かなのだが、やはり麺類は茹でたてを食べたい。

 代わりの手段として、茹でなくてもいいものを食べていたのだが。


「なんで、トコロテンを主食にするの!夏バテで身体が動かなくなるのは、当たり前だよ!」

「会社の食堂で食べたのが、おいしかったから・・・つい」


 はぁ。

 と呆れたような溜息をつくプチデビル(女子高生)。


「そんなバカなお兄ちゃんに、いいことを教えてあげる。トコロテンのカロリーは100グラムで2キロカロリーだって」

「ダイエットに最高だな」

「・・・・・」


 目が怖いから、余計なことは言わないでおこう。


☆★☆★☆★☆★☆★


「それで、なにを作っているんだ?」


 文句を言いつつも、カロリーが摂取できるものを作ってくれているらしい、プチデビル(女子高生)。

 心配させておいてなんだが、できれば口当たりがよいものだと、ありがたい。


「茶碗蒸しよ」

「茶碗蒸しか」


 口当たりはいい。

 玉子や様々な具材で、カロリーも充分だ。

 寒い季節には最高だろう。

 だが、今は夏だ。


 不満そうな顔をしたつもりはないのだが、こちらの微妙な反応を感じたのだろう。

 プチデビル(女子高生)が、不機嫌そうに補足してくる。


「心配しなくても、冷やしておくから」

「茶碗蒸しを冷やして、おいしいのか?」


 蒸したてを食べるイメージがあるが。


「最近、流行ってるよ。トコロテン売り場の近くにも、売っていたんじゃないかな」

「ほぉ」


 気づかなかったな。

 今度探してみるか。


「言っておくけど、今度は茶碗蒸しばっかり食べないでよ?」


 そう言って、ジト目を向けてくるプチデビル(女子高生)。

 行動を読まれているらしい。

 いや、もちろん、そればかり食べるつもりではない。

 それでは飽きる。

 トコロテンと交互に食べるつもりだったのだが。


「仕方がないから、しばらく休みの日はご飯を作りに来てあげる」

「悪いから、いいよ」

「拒否権があると思ってるの?」

「・・・ありがとうございます」


 そう答えると、少しは機嫌がよくなったのが、鼻歌交じりに料理を続ける。

 作ってもらった冷やし茶碗蒸しは確かにおいしかった。

 黄色くて、ぷるぷるしていて、新しい夏の定番はこれだな。

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