第144話 名状しがたきもの
「最近、暑いね~」
「もう、夏だしね」
後輩と魔法使い(PG:女)が話しているのが聞こえてくる。
「・・・・・?」
デジャヴ。
既視感。
一度も体験したことがないのに、すでにどこかで体験かのように感じる現象。
それを感じた。
いや、違う。
全く同じ会話を聞いたことがある。
間違いなく体験したことだ。
デジャヴではない。
だが、ここまでなら、偶然ですますこともできるだろう。
夏ならよくある会話だ。
頭をよぎった感覚を振り払い、クエスト(お仕事)に戻る。
しかし、頭の片隅に残る違和感が、会話に耳を澄ますことを強要する。
「こんな日は、さっぱりしたものを食べたいですね~」
これも聞いた会話ではなかっただろうか。
違和感が大きくなる。
そして、ここで昼休みを告げる鐘が鳴る。
これも同じではなかっただろうか。
「先輩、一緒に食堂に行きましょう~」
「・・・ああ」
誘われるまま席を立つ。
それと同時に魔法使い(PG:女)も席を立つ。
これも同じだ
果たして、ここまで同じになるものだろうか。
予感がする。
なにかが起こる予感だ。
「特別メニューがあるみたいですね」
もはや予想通りだ。
いったい、どうしたというのだろう。
もしや、気づかないうちに、タイムリープでも体験したのだろうか。
そんな、馬鹿な考えまで頭に浮かぶ。
だが、頭に警鐘が鳴る。
タイムリープ。
それは夢物語ではあるが、人類がそれを求める理由は1つ。
なにかをやり直したいからだ。
そして原因は様々だが、最も多いのは、これだろう。
危険を回避する。
そう言えば、この後、ひどい目にあった人間がいなかっただろうか。
「えーっと・・・」
激しくなる鼓動を押さえながら、特別メニューの宣伝文句を読む。
『トコロテンはじめました。三杯酢、カラシ醤油、黒蜜、なんでも合うぞ!まさに、名状しがたきもの!』
微妙に違った。
☆★☆★☆★☆★☆★
「メインがトコロテンって・・・ずいぶん、思い切ったな」
デジャヴやタイムリープなどあるわけがない。
我ながら馬鹿なことを考えてしまったものだ。
顔に出さないようにしながら、メニューを眺める。
「でも確かに、トコロテンって、色々なものをかけて食べますね~」
「3種類から選べるみたいですね」
気を取り直して、メニューを選ぼう。
三人とも特別メニューを選ぶのは、暗黙の了解のようになっている。
やはり、冒険者(サラリーマン)たるもの、冒険をしないと。
「さて、どれを選ぼうか」
三杯酢・・・さっぱりしたいなら、これだろう。だが、おかずとしては寂しい気もする。
カラシ醤油・・・おかずにするなら、これだろう。醤油はご飯のお供だ。
黒蜜・・・スイーツとして食べるなら、これだろう。ただ、もはや、おかずではないが。
「三杯酢かな」
おかずにするには、少し合わないような気もする。
だが、トコロテンのさっぱい感を捨てるのはおしい。
醍醐味を優先して、これにした。
「わたしは、黒蜜ですかね~」
後輩はチャレンジャーのようだ。
「わたしは、カラシ醤油にします。一番、ご飯に合いそうです」
魔法使い(PG:女)は無難に選んだようだ。
だが、なんだろう。
なにかを忘れている気がする。
☆★☆★☆★☆★☆★
自分の皿には、三杯酢のトコロテン。
「あ、けっこう、おいしい」
トコロテンだけでは物足りないかと思っていたのだが、そこはさすがの特別メニューだ。
鳥のササミなどの具材が乗り、おかずになるように工夫されていた。
「黒蜜もご飯に合う味付けになってます~。そういえば、照り焼きとか甘いおかずってありますしね~」
後輩もアタリのようだな。
後は魔法使い(PG:女)だが・・・
「これ・・・なにかの嫌がらせですか?」
満遍なく混ぜられたカラシ。
なぜか、あるはずがないと思っていた、デジャヴを感じる。
しばし、瞠目する彼女。
やがて覚悟を決めたのか、魔法使い(PG:女)がトコロテンを口に運ぶ。
「っ!っ!っ!っ!っ!っ!」
油分のないトコロテンは、辛味をダイレクトに伝えるようだ。
デジャヴで感じたよりも、激しくのたうち回っている。
「どう~?おいしい~?」
「っ!っ!っ!っ!っ!っ!」
ある意味、彼女が一番チャレンジャーなのかも知れない。
「この食堂!カラシになにか思い入れでもあるんですか!?」
水を飲んで落ち着いた途端に叫んだ。
「まあ、予想できたオチかも知れないね」
「カラシが好きなのかと思った~」
「・・・名状しがたい味でした」
それでも完食したところを見ると、味は良かったのだろう。
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