第132話 天と地と(天)

「降ってきたか」


 空を見上げる。

 転移ポータル(電車)に乗り込むときは降っていなかった。

 移動中に降り出したのだろう。


 周囲には大量の人々。

 普段よりも多い。

 天から落ちてくる酸性の雨に、防ぐ手段を忘れた人々が茫然としている。

 この時間帯は開いている店も少ない。

 当然、無理に手に入れようとすれば、足元を見られるのは避けられない。

 それでも、慌てて店に駆け込み、割高ながらも手段を手に入れた人々はマシなのだろう。

 それすらも失敗した人々は、立ち尽くすしかない。


 自分も雨は予想していなかった。

 しかし、動揺はない。

 常に装備を整えているからだ。


 カシュッ!


 小気味良い音とともに、短い棒が伸びる。

 そして開く花のような防護膜。


「そろそろ梅雨かな?」


 雨の中を歩き始めた。


☆★☆★☆★☆★☆★


 ぱしゃ・・・ぱしゃ・・・ぱしゃ・・・


 注意しながら歩を進める。

 いつもより警戒しなければならない。


 ぱしゃ・・・ぱしゃ・・・ぱしゃ・・・


 なにせ、いつもは2次元に意識を向けていればよかったのが、今は3次元に意識を向けなければならない。

 前後左右、それに加えて、上下からも攻撃される可能性がある。


 ぱしゃ・・・ぱしゃ・・・ぱしゃ・・・


 上への備えは万全だ。

 それも当然。

 冒険者(サラリーマン)によって、鎧(スーツ)は戦闘服であると同時に儀礼服だ。

 無闇に汚して良いものではない。


 ぱしゃ・・・ぱしゃ・・・さっ!


 突然迫ってきた鋭い尖端を、体術を駆使して避ける。


★濡れハリネズミ(傘を差した集団)が現れた★


 そうなのだ。

 いくら備えが万全とはいえ、安心はできない。

 雨の日は普段はいないモンスターと遭遇する。

 陽射しが強い夏にも姿を現すが、大量の集団として出現するのは梅雨の時期だ。


 ちらっ。


 先ほど、攻撃をしかけてきたモンスターに視線を向ける。

 しかし、あちらはこちらを気にした様子もなく、立ち去っている。

 このモンスターの怖ろしいところは、ここだ。

 こちらを意識せず攻撃してくる上に、一撃離脱で去って行く。

 しかも、顔面に攻撃してくることが多い。


 狭い視界。

 いつもより気を配らなければならない状況。

 それは、冒険者(サラリーマン)もモンスターも同じだ。

 だが、冒険者(サラリーマン)が無闇に周囲を攻撃しないのに対し、モンスターはお構いなしだ。


 理不尽な状況。

 それに耐えるのも、一流の冒険者(サラリーマン)の証だ。


 ぱしゃ・・・ぱしゃ・・・さっ!・・・ぱしゃ・・・さっ!


 その後もモンスターの攻撃を回避しつつ、ギルド(会社)への道を進む。

 あと少しだ。


「ふぅ・・・」


 それがいけなかったのだろう。

 僅かな油断。


「!」


 攻撃が迫ってきているのは見えた。

 しかし、力を抜くために吐いた息が、回避のための呼吸を乱す。


 バシャンッ!


「・・・・・」


 濡れハリネズミの攻撃は避け切った。

 しかし、瞬きほどの一瞬の隙。

 その間に、鎧(スーツ)に攻撃を食らってしまった。


「・・・・・はぁ」


 溜息を付きながら、ギルド(会社)へ入っていった。


☆★☆★☆★☆★☆★


 ふきふき。


「おはようございます~」


 鎧(スーツ)のメンテナンスをしていると、後輩がやってきた。


「おはよう」


 挨拶を返す。

 みっともないところを見られてしまった。


「あ~、やられちゃいましたか~」

「ああ、そこの交差点で車にかけられた」

「災難でしたね~」


 そういう後輩は全く濡れていない。

 むぅ。

 回避スキルは後輩に追い抜かれてしまったか。


「全然濡れてないね」

「はい~、これを来てきましたから~」


 そういって、こちらに見せるべく、取り出してきたのは・・・


「!そ、それは・・・」


 全身を覆う鎧。

 酸性の攻撃を弾く材質。

 完璧だ。

 完璧ではある。

 そして、自分もその存在自体は知っている。


「カッパです~」


 そう。

 幻獣(河童)と同じ名前を持つ伝説の鎧(合羽)。

 しかし、最近はあまり見かけない。

 その理由は明確だ。


「そうかぁ・・・カッパかぁ・・・」


 自分は見た目を気にした。

 後輩は防御力を選んだ。

 その違いが、これだ。


「そうかぁ・・・」

「?」


 自分もまだまだ未熟ということか。

 いや、初心を忘れた結果だ。

 伝説の鎧(合羽)を手に入れるべきかどうか、しばし真剣に悩んだ。

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