第110話 幸福の粉

 カタカタカタカタカタ・・・


「・・・・・」


 カタカタカタカタカタ・・・


「・・・・・」


 カタカタカタカタカタ!


「ふぅ」


 一撃が命取りとなる攻防。

 細い綱を渡るかのような駆け引き。


 そんな、冒険者(サラリーマン)の見せ場であるモンスター(お客様)との戦闘(会議)も、全ては事前の準備にかかっている。

 それは分かっている。


 カタカタカタカタカタ!


「ふぅ」


 だからといって地味な作業が好きというわけではない。

 まだまだ自分も未熟ということだろう。

 眠気を感じるほど修行不足ではないが、どうしても集中力が乱れる。

 武器(キーボード)を扱う手元が荒くなり、呼吸にも疲れが滲み出てしまう。


「幸せが逃げますよ~」


 溜息をついていたのを聞かれたのだろう。

 隣に座る後輩が声をかけてくる。


「どうぞ~」


 なにかを差し出してくる。


「幸せになれる粉です~」


☆★☆★☆★☆★☆★


「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「?」


 魔法使いたちが、こちらに視線を向けてきている。

 席が通り課長は、話は聞こえていなかったようだが、魔法使いの視線が集中しているのを見て、何事かと思ったようだ。

 同じくこちらに視線を向けてきた。


「えーっと・・・なんだって?」

「幸せになれる粉です~。増量されているみたいですよ~」


 聞き間違いではなかったらしい。

 それはいいのだが、いかがわしいクスリにしか聞こえない。


「・・・なるほど。1つもらうよ」


 ぱくっ!


「あっ!」

「あっ!」

「あっ!」

「?」


 心が幸福感に満たされ、身体の疲れが取れるようだ。


「いくつでもどうぞ~」


 こちらの反応で感想が分かったのか、さらに進めてくる。


「これはクセになるな」


 ぱくっ!


「!」

「!」

「!・・・常習性が?」

「??」


 なにか不穏な単語が聞こえてきた気がするが、間違ってはいないので否定はしない。

 確かに、これは常習性がありそうだ。


「ありがとう。頑張れそうだよ」


 後輩に礼を言って、クエスト(お仕事)に戻る。


 カタカタカタカタカタ・・・


 武器(キーボード)を扱う手の乱れも無くなった。

 すごい効果だ。


「・・・・・アレって見つかったらマズイ粉なんじゃないでしょうか?」

「・・・・・あの粉で死ぬまで残業しろってことか?」

「・・・・・そのうち、わたしたちにも勧められる可能性が?」

「???」


 魔法使いたちが、なにやら雑談をしている。

 メンバーの仲が良好なのはいいことだが、クエスト(お仕事)中に雑談はあまり関心しない。

 それに、どうせなら、リフレッシュルームで、ゆっくり休憩を取ってきた方がよいのではないだろうか。


「旨そうなものを食べてるな」


 興味を引かれたのか、課長が近づいてきた。


「課長もどうですか~?」

「いただくよ」


 ぱくっ!


「!?」

「!?」

「!?・・・上司が率先して!」

「ん?」


 さっ!


 魔法使いたちが、一斉に視線を逸らす。

 いったい先ほどからどうしたのだろう。

 声をかけたいが、それを躊躇っている、といった感じの仕草だ。


 ハッ○ーパウダーが増量されたハッ○ーターンに興味はあるが、一口欲しいとは言いづらいということだろうか。

 まあ、所有者は後輩だ。

 自分が口を挟む問題でもないだろう。


 クエスト(お仕事)を続けることにした。

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