第106話 魔人討伐

 日々、モンスター(お客様)と勇敢に戦う冒険者(サラリーマン)。

 しかし、冒険者といえども人間であることに変わりはない。

 道を踏み外すこともある。


 むろん、冒険者(サラリーマン)には仲間はいる。

 仲間が道を踏み外すのを、ただ黙って見ているはずがない。

 だが、ここで落とし穴がある。

 弱者は踏み込む力が弱い分、道を踏み外しても、仲間に拾い上げてもらえる確率が高い。

 強者は踏み込む力が強い分、道を踏み外すと、仲間の手が届かないほど深く堕ちていく確率が高いのだ。


 堕ちていくのは段階がある。


 鬼(上司)により、大量のクエスト(お仕事)を割り振られる。

 まるで、賽の河原で石を積むかのごとく、終わりが見えない絶望に、しだいに無気力になっていく。

 ここで脱落するものは、まだ幸せな方だ。

 しばしの休息を必要とする者も出るが、復帰する確率が高い。

 これが第一段階だ。


 不幸なのは、それに耐えきってしまったものだ。

 なまじ力を持っていたために、クエスト(お仕事)は続く。

 しかも、脱落した者達の分も、上乗せされてだ。

 だが、限界はある。

 いかに強者と言えども、せいぜい数人分が限度だ。

 それを超えてしまうと、クエスト(お仕事)の進みに支障をきたす。

 しかし、支障をきたした方が幸運だ。

 大鬼(上位上司)がそれに気づく。

 生かさず殺さず冒険者(サラリーマン)を管理するのが役割である彼らによって、人が増やされる。

 有能な大鬼(上位上司)がいれば、ここで通常の状況に戻される。

 この時点で多少の傷は負っているかも知れないが、後遺症を残さず自力で回復できるだろう。

 これが第二段階だ。


 さらに不幸なのは、大鬼(上位上司)が無能だった場合だ。

 地獄は続く。

 だが、強者のプライドが脱落を許さない。

 次第に口を開く労力すらもクエスト(お仕事)に回し、仲間たちからも孤立していく。

 そして、そのことが快楽になっていく。

 自分は、こんなにも優秀なのだ。

 鬼(上司)や大鬼(上位上司)の無茶振りすら、こなしている。

 その想いが積み重なり、自力では這い上がれない、深く昏い地獄のそこに堕ちていく。

 だが、もはや通常の人間とは異なる存在になった者には、天国にも等しい。

 これが最終の第三段階。


 魔人(マゾい人)の誕生である。


☆★☆★☆★☆★☆★


 魔人の怖ろしいところは、通常の冒険者に擬態しているところだ。

 彼らは紛れ、仲間を増やそうとする。

 強い力を持つがゆえに、弱者は逆らうことができない。

 脱落するか、引きずられて魔人になるかだ。

 ときには、いくつものパーティーが1人の魔人により壊滅したという話も聞く。


 被害を防ぐ方法は1つ。

 道を踏み外すことなく強者になった者の存在だ。

 その存在が正しい道に導く。


「先月までの勤怠管理表を見たんだけど、ちょっと残業が多いね」


 課長が魔法使い(PG:ベテラン)に声をかけている。


「リリースが近かったもので」


 魔法使い(PG:ベテラン)が警戒しながら答えている。


「毎月、残業時間が上限ギリギリだけど、人が足りない?」


 魔法使い(PG:ベテラン)の言う理由が真実なら、毎月であるはずがない。

 課長が気づかないはずはないが、矛盾を指摘せずに、毎月という言葉を使って話を続けている。


「いえ、そんなことはありません。難易度が高い機能を担当しているので」


 今度は難易度の高さを理由にしている。

 おそらく、規模を把握されているのを予想して、別の理由にしたのだろう。

 魔人は自らの縄張りが侵されるのを嫌う。

 担当範囲の一部を別の人間に奪われるのを警戒しているようだ。

 だが、課長の方が一枚も二枚も上手だ。


「なるほど。じゃあ、切り出せる作業はないかな?例えば試験の実施をSEメンバーに任せるとか」

「機能に詳しくない人間に試験を任せるのは・・・」

「そこの二人なら上流工程に関わっているから詳しいよね」

「試験の手順を教えている時間が・・・」

「あれ?試験仕様書に書いていないの?」

「書いてあります。ただ、テストツールの使い方などが・・・」

「1回教えるだけだよね?その時間も取れない?」

「いえ、それくらいなら・・・」


 攻防が続く。

 だが、一方的だ。

 課長が攻撃して、魔法使い(PG:ベテラン)が防御する。

 課長はそのまま追撃もできるだろうが、あえてそれをせずに、別の方向から攻撃しているように見える。

 逃げ道を潰しているのだろう。


「それにほら」


 そこで課長は声を柔らかくする。


「試験とバグの調査や修正は、並行にできないよね。試験は別の人間がやって、君にしかできない、バグの調査や修正は君がやった方が効率がいいんじゃないかな?」


 上手い。

 魔法使い(PG:ベテラン)の琴線に触れる言葉を紡いで、一気に攻略にかかった。

 魔法使い(PG)にとって、どちらが好みかと言えば、後者だろう。

 手順に従って消化するだけの作業と、未知に挑戦する作業は、やりがいも違う。

 それに自分にしかできないという言葉は、プライドをくすぐる。

 攻撃の後の甘い誘惑に、心はぐらつくだろう。


「分かりました。作業の切り出し方を考えます」


 案の定、魔法使い(PG:ベテラン)は抵抗を止めた。

 しかし、魔人は精神が不安定で、気分屋だ。

 後々、気が変わり、反旗を翻す可能性もあるので、油断はできない

 だが、それを見逃す課長ではない。


「いつまでに報告してもらえるかな?一週間後なら大丈夫?」

「それくらいなら」


 これで詰みだ。

 魔人の逃げ道は断たれた。


「ありがとう。それじゃ頼むね」


☆★☆★☆★☆★☆★


「お見事でした」


 話が終わったタイミングを見計らって課長に声をかける。


「なにが?」


 とぼけているが、本当に分からないわけではないだろう。

 その証拠に、こちらに疑問の答えを求めてこない。

 のんびりした雰囲気に騙されそうになるが、課長とて実力で今の立場を手に入れたのだ。

 只者であるはずがない。


 心の中で敬礼を送りながら、課長が席に戻るのを見送った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る