第71話 赤い掟

 ポチッ・・・ジャーーー・・・


 白を選ぶ。


 パタパタパタ・・・ピタッ


 周囲を見渡す。


 キョロキョロ・・・ピクッ


 狙いを定める。


 パタパタパタ・・・カタッ


 腰を落とす。


「いただきます」


 今日はギルド(会社)の食堂で昼食を取っている。


☆★☆★☆★☆★☆★


「一緒にいいですか?」

「お邪魔します~」


 見ると、見習い魔法使い(プログラマー:女性)と後輩だった。


「どうぞ」


 二人が同じテーブルの席につく。

 食堂には定食、麺類、カレーなどがあるが、自分を含めた全員が定食を選んだようだ。


「先輩は白味噌なんですね~」


 味噌汁のことだ。

 定食には味噌汁が付くのだが、赤、白、合わせから選択することができる。

 お椀には具材だけ入っていて、専用の機会に置いて釦を押すと、汁が注がれるシステムだ。


「親の出身地の関係で、実家で味噌汁って言ったら、白味噌だったんだ」

「へぇ~」

「外食すると赤だしが出てくることが多いから、子供の頃は赤味噌の味噌汁って外食用だと思っていた」

「かわいい~」


 子供の勘違いは微笑ましい。

 それが自分のこととなると照れくさいが。


「わたしは実家が赤味噌でしたから、子供の頃は白味噌の存在自体を知らなかったです~」

「そういうことってあるな」


 冗談みたいな話だが、自分にも似たような覚えはある。

 特に食は地方や家庭で独自の文化を持っているので、そういったことが起きやすい。


「名古屋は味噌にうるさいですよね~。同期にも赤味噌じゃないと味噌と認めないって言っている人がいます~」

「確かにこだわりが強い人って多いな。味噌汁に使う味噌の好みが会わなくて、離婚したって話もよく聞くし」


 たかが食。

 されど食。

 空腹を満たす行為だが、一日3回繰り返す行為なので、人生における割合は大きい。


「あ、わたしは赤味噌の方が慣れてますけど、白味噌でも大丈夫です~」

「具材によって味噌を変えるって人もいるしな。米や野菜は白で、魚は赤とか」

「ワインみたいですね~」

「ワインは、魚が白で、肉が赤だけどな」


 後輩と話が盛り上がる。

 ふと、そこで、もう一人のお椀に目が行く。


「そういえば・・・」


 ちらっ。


 ・・・・・


「ふぅ・・・」

「ふぅ~・・・」

「え!?なに?なんですか?」


 思わず目を逸らしてしまった。


「いや、別に。大丈夫だよ」

「なにがですか!?」

「恥ずかしがることないよ~」

「わたし、何か恥ずかしいことしてる!?」


 好みは人それぞれだ。

 それを一方的に否定するのは違うと思う。


「気にすることないよ」

「何か気にしなきゃいけないことありました!?もしくは、気をつかわれるようなことしています!?」

「悪いことしているわけじゃないんだから、胸を張って生きればいいよ~」

「わたし、肩身の狭い思いをしなきゃいけない!?心当たりないんだけど!?」


 そういえば、合わせ味噌って、どこの地域が主流だったろうか。

 いや、もっと、大きい範囲で考えた方がいいかも知れない。


「和食の好きな外国人となら上手くいくんじゃないかな」

「先輩、ダメですよ~。最近は日本人より和食に詳しい外国人もいますから~」

「え!?わたし、国際結婚を勧められてます!?」


☆★☆★☆★☆★☆★


 食堂からの帰り道。


「ひどいですよ。合わせ味噌の味噌汁を飲んでいたってだけで・・・」

「わるいわるい。冗談だよ」


 しかし、ある意味、冗談ではないのだ。

 転勤で名古屋に引っ越してきた人に話を聞いたところ、子供が学校で肩身の狭い思いをしないように、引っ越し前から赤味噌を食卓に取り入れたという。

 会社は全国各地から就職してくるので、まだいいのだ。

 だが、学校は滅多に地域を移動しない。

 なにも知らない子供が、万が一、赤味噌が口に合わないとでも言おうものなら、その結末は火を見るよりも明らかだ。


 名古屋には赤い掟が存在する。

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