第70話 赤い波動
「お先に失礼します」
「お先に失礼します~」
本日のクエスト(お仕事)が完了し、ギルド(会社)を出た。
今日は後輩とタイミングが合った。
転移ポータル(駅)まで一緒に行くことにする。
「まだまだ、寒いですね~」
「2月くらいまでは、雪が降ることもあるからなぁ」
クエストを終えて気が抜けたせいか、内容のない会話を交わしながら進む。
この季節、寒さは肌を刺すようだが、空気が澄んでいるせいか、呼吸は心地よい。
肺の中まで洗われるようだ。
ふわん・・・
「ん~?」
「むっ!」
透明な水面に墨汁を垂らしたかのような気配を感じた。
この気配には覚えがある。
赤い波動だ。
「ちょっと、行ってみませんか~?」
「そうだな」
赤い波動の源泉を調査するべく、後輩と向かう。
目には見えず、耳にも聞こえないが、他の五感で確かに感じる。
発生源の方向へ歩を進める。
「あ、ありました~」
「あそこか」
★赤い波動(赤みその香り)の発生源(おでんの屋台)を発見した★
☆★☆★☆★☆★☆★
「いらっしゃい!」
どて煮
どて煮丼
・・・
メニュー表をざっと眺める。
どて煮を出す屋台は見かけるが、どて煮丼まで出す屋台は珍しい気がする。
どて煮丼は割と好きだ。
味噌と米の相性は、言うまでもない。
日本人の心に刻み込まれた組み合わせだ。
味噌汁をかけたネコマンマのようだと言う奴は、日本人を止めればいいと思う。
そして、『おまえは、フレンチトーストのことを、ミルクをかけた、しなびたパンのことだ、とでも言うつもりか』と問い詰めたい。
もし、YESと言ったら、地球人を止めればいいと思う。
「食べていく?」
「いいですね~」
外で食べるおでんは別格だ。
澄んだ空気に漂うダシの香りと、刺すような寒さを和らげるツユ。
そして、身体を中から温めてくれる熱々のネタたち。
しかし、今日の狙いは、やはり、どて煮丼だ。
レアアイテムは外せない。
「何にする?」
「どて煮丼にします~」
おぉ。
意見があった。
こういうことで意見が会うと、自分が肯定されたようで嬉しい。
「ビールや日本酒もあるけど」
「どんぶり物ですから、やめておきます~」
これも同意見だ。
米、味噌、ダシに合わせるなら日本酒だが、個人的にどんぶり物はアルコールなしで食べたい。
どんぶり物は、ツユがご飯に染み込んでいくことによる、味の変化も愉しみの1つだ。
アルコールありだと、どうしてもそちらをペースの主軸に持ってきてしまう。
ツユが染み込み過ぎてべちゃべちゃになったどんぶり物は、それはそれで美味しいが、個人的には好みではない。
ところどころに残る白いままのご飯とツユの染み込んだご飯が混ざり合い、具材の旨味を引き立てるのを、一息にかき込むのが好きだ。
「どて煮丼、2つください」
☆★☆★☆★☆★☆★
しばし、至福のときを過ごす。
身体も温まった。
「そういえば~」
「ん?」
どんぶりの底が見え始めた頃、後輩が話しかけてきた。
「名古屋って、味噌おでんがあるじゃないですか~」
「あるな」
ナゴヤメシの1つだろう。
「でも、コンビニのおでんって味噌じゃないですよね~?あれ、なんでなんでしょう~?」
「っ!」
ぴたっ。
思わず箸の動きが止まってしまう。
なんて危険なことを言い出すのだ。
ちらり。
屋台の主人をさりげなく見る。
こちらを見てはいない。
しかし、分かる。
聞き耳をたてている。
たらり。
背中を冷たい汗が流れる。
せっかく温まった体温が一気に下がる。
「もしかして・・・」
「シッ!」
「?」
これ以上はいけない。
どこに『コンビニ』の構成員が潜んでいるか分からないのだ。
後輩を危険な目に合わせるわけにはいかない。
「・・・あまり、ゆっくりしていると遅くなるし、そろそろ行こうか」
「そうですね~。ごちそうさまでした~」
背中に視線を感じながら、早足で屋台を後にする。
そして、できるだけ『コンビニ』に接していない道を選びながら歩く。
「おいしかったですね~」
「・・・そうだな」
後輩ののんきな声に相槌を返しながら、追っ手がこないことに安堵する。
名古屋には、触れてはいけない、領域がある。
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