第35話 石

 今日は次のクエストに向けた魔法使い(プログラマー)たちとの作戦会議(キックオフ)だった。

 課長と後輩も参加している。

 会議自体は滞りなく終わったのだが、最後に見習い魔法使い(プログラマー:男性)が、あるモノを取り出した。


「あの、これお土産です。よかったらどうぞ」


 取り出したのは2つの袋だ。

 それには『かたやき』と書かれていた。


「こっちが硬め、こっちが柔らかめです」


 そして、木槌を添えた。


「(これは!)」


 伊賀地方に伝わる日本一硬いと言われるアレだ。

 ときに食料として、ときに武器として、太古の特殊部隊の人間が用いたとされるモノだ。

 その硬さは尋常ではなく、鋼鉄に匹敵すると言われている。

 刀で打ち付けて、ようやく割れるという代物だ。

 木槌を付けられて売られていることがあるが、大抵は木槌の方が先に壊れる。


「硬めの方は本当に硬いので、好みで食べてください」


 なるほど。

 これは挑戦というわけだ。

 気が弱そうな印象だった見習い魔法使い(プログラマー:男性)だが、なかなかやってくれる。


「こちらを貰うよ」


 課長は柔らかめを手に取った。

 まあ、年齢を考えて、仕方がないだろう。


「こっちをもらおうっと」


 魔法使い(プログラマー:男性)も柔らかめを手に取った。

 ちっ!

 軟弱者が!


「もちろん、こっちを」


 年功序列というわけではないだろうが、次は自分が手に取った。

 当然、硬めだ。


「こっち~」


 後輩も硬めを取った。

 女性には手強い硬さだと思うのだが、なかなかチャレンジャーだ。


「わたしも、こっちを試してみようかな」


 見習い魔法使い(プログラマー:女性)も硬めだ。

 ここには頼もしい女性が多いようだ。


 見習い魔法使い(プログラマー:男性)は硬めを選択している。

 なかなか、漢(おとこ)のようだ。

 少し、見直した。


「香ばしくて、うまいな」

「そうですね」


 課長と魔法使い(プログラマー:男性)は、バリバリと柔らかめを食べている。

 観光用に、かつての硬さを捨て、万人に受けるようにしたモノだ。

 確かに、うまいだろう。

 だが、それは資本主義の味だ。

 信念を貫く、孤高の味ではない。


 カンカン


 見習い魔法使い(プログラマー:女性)が木槌で叩いて粉砕を試みている。

 なかなか割れないようだ。

 しかし、手は貸さない。

 自らの手で砕いてこそ、真の味が味わえるのだ。


「お茶やコーヒーに浸すと柔らかくなるよ」


 見習い魔法使い(プログラマー:男性)は、あろうことかコーヒーに浸しながら食べている。

 駄目だ。

 せっかくの良さが分っていない。

 あれでは台無しだ。

 見直して損した。


「(ふんっ!)」


 左手に持った『かたやき』に、右手の拳をぶつける。

 躊躇いを持つと拳を痛める。

 貫くつもりで放った。


 ゴッ!


 低い音が響き、左手の『かたやき』が、いくつかの欠片に分かれる。

 欠片の1つを口に運ぶ。

 懐かしい味が口に広がる。


 実は昔、食べたことがある。

 高圧縮して作られるコレは、独特の濃く深い味が楽しめる。

 他の類似品(せんべい)とは、一線を画す味わいだ。


「わっ!すごいですね」


 見習い魔法使い(プログラマー:女性)が驚いている。

 さすがに拳で割るのは女性には少々難しいだろう。

 引き続き、木槌で割ることを試みている。

 やがてコツを掴んだのか、割ることに成功したようだ。


「あ、けっこう美味しい」


 どうやら、気に入ったようだ。

 歯ごたえも硬いと思うのだが、なかなか芯の強い女性のようだ。

 そんなことを考えていると、猛獣が獲物を貪るような音が聞こえてきた。


 ゴリンッ!・・・ボリッ・・・ゴリッ・・・バギッ・・・


 音の発生源に視線を送ると、後輩が鋼鉄よりも硬いと言われるソレを、割ることもなく丸ごと齧っていた。


「おいしいですね~、コレ~」


 ・・・・・


 負けた。

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